2012.05.17 Thursday 00:07
四国遍路 Shikoku Henro Day-02-002

四国遍路 Shikoku Henro Day-02-002
ベテランへんろ 貼るカイロ
日没は6時くらいだから、柳水庵までいけるかどうかくらいかな?あまり食糧を持っていないようなので、お菓子と紅茶や砂糖なんかをお接待する。入りきらな かったのか、卵焼き用の四角い小さなフライパンがザックからぶら下がっているのと、登りと下りで靴を履き替えているという作戦が面白かった。
納経所の方に「鴨の湯」という、自治体が運営する日帰り湯に付随した善根宿を教えて頂き、本日はそこにお世話になることにする。鴨の湯には16時15分の到着。
お湯に浸かりながら、朝から夕方まで歩き続けた一日を振り返り、こんなことを40日も続けるのか、と少々クラクラする。昨晩一緒だった躁鬱病のおっちゃん が、今どこを歩きどんな表情をしているのか、ウルトラハイテンションなのか、自分の受け答えは、正しかったのか。。。なんてことが頭に浮かんでは消える。
そんな気持ちをよそに、常連さんらしい地元のオジサン同志の会話は、板東英二なノリで、賑やか。
鴨の湯の善根宿は、畳敷きの3人雑魚寝部屋と2人雑魚寝部屋、自転車置き場を緊急用に利用して更に2人、都合7人の夜明かしが可能だけれど、本日は4月1 日スタート組が多いからか、本日宿を求めたのは自分を含め6人。年配の歩き遍路のご夫婦、埼玉からのお坊さん、北海道からの定年退職系お遍路さん、もう鴨 の湯泊が15度目というHさん。きさくなHさんのしきりで、自分は自転車置き場のシングルルーム泊となった。
職業遍路には気をつけろ!という先入観や偏見があった自分は、そのHさんの熟れたしきり、達観気味な語り口に「あ、これが噂の職業遍路か!」と、警戒してしまう。が、話すにつれ、四国を愛してやまないどちらかというと宿泊まり遍路さんだということを知り、話は弾んだ。
朝の早いお遍路は、早めのお開きが暗黙の了解なのだけど、寝袋に使い捨てカイロ(貼れるもの)を放り込んで寒さを凌ぐやり口やら、直近のオススメルートをパパパと教えて下さる。
雨の焼山寺越えを前にして、荷物の一部を徳島市内に先送りしようとする自分には、
「山を下りたが楽だから、トレーニングだと思って、全部担いで山越えしなよ」
というアドバイスをくれた。カイロ作戦とこのアドバイスに従った成果に、この後幾度となく助けられる。
でも、何故か煩悩ベタベタな話にもなり、
「うーん、黒木瞳みたいな遍路がいたらどうしよう。。」
「あ、そんなのがいたら多分狐が化けた奴ですよ、朝起きたら素っ裸になって木のうろに何か突っ込んだりして、地元の人に馬鹿にされますよ」
なんてやり合う。
俗世に肩書きやらを置いてきたお遍路さんとお遍路さん。長幼の序と先輩後輩に多少引っ張られるとはいえ、無味乾燥な世間話の交換やら、腹の探り合い無しに、馬鹿話やら濃密な話になってゆく。

歩き終えてから食事をとり、9時前には消灯してしまうお遍路さんだけれど、夕飯時の短い遍路仲間との時間は濃い。
あ、そういえば自転車をお借りしでかけた、山越えの食糧の買い出しがてら、体が重くならない程度に、鴨島の国道沿いで回転寿司を頬張った。その帰り道、明日の朝登る山の方角を眺めると、山中にほのかな灯り。
藤井寺で別れた四角いフライパンの若者が、山中で煮炊きしてる灯りか。。。なんて思う。
寝袋に入ると、隣の部屋からHさんと埼玉のお坊さんの会話がこぼれてくる。個人的で人生やお遍路の芯の部分のやり取りなので、ここには書き留めないけれ ど、Hさんが十数年前、初めて四国を歩き終えて感じたこと、何度も歩いてたどり着いたHさんなりの境地が、Hさんが接待して下さったカイロの暖かみと共 に、じんわり染み入る。

防水バッグに全て詰め込み、雨の備えも万全。
さて、徳島に戻ってきた自分は何を感じているのか?そもそも自分は戻ってこれるのか?なんて考えてしまう。
二人の会話が途切れて間もなく、こちらの意識もスススと薄れた。

初日、2日目は設定をミスり、うまくログ取りできませんでした。
2日目
歩行距離 / 約24.7Km 地蔵寺近くの善根宿から大日寺に戻り 〜 藤井寺近くの鴨の湯
お寺 / 4,6,7,8,9,10,11 大日寺 安楽寺 十楽寺 熊谷寺 法輪寺 切幡寺 藤井寺
お遍路旅の詳細はあらためて。。。






























