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Pakistan to India Wagha Border

Wagha Border

パキスタンが国境を接するのは

中国、アフガニスタン、イラン、インド、の4カ国。
主要な出入国ポイントも一つずつですが、どの国境も非常に味わい深い。

クンジュラブ峠にハイバル峠、灼熱の砂漠の国境。

印パ国境のワガーチェックポイント一帯は、ほかの三つの国境と違い、
遥か彼方まで水田が広がり、水牛がのそのそと歩くのんびりとした光景で、
実にのどかなものなのですが、



毎日日没30分前に、両国の国旗降納「合戦」式典が
繰り広げられていることで有名です。



出入国管理の時間を終え、日没前30分頃に行われるこの式典は、

ガッチガチに儀礼的な上、印パ両国同時に行われる為、
国旗を降ろすまでの過程は(両国の隊員が国旗降納の配置につくまで)は、
徹頭徹尾、真剣そのもの。国の威信と観衆の声援を背負っていることもあって、
両国の国境警備隊員の気合いはスタンドまで届きそうな勢い。





アクセサリー付きの制帽を冠った警備隊員は、クジャクの鶏冠のようだし、
足をあげ胸を反らせ行進し、威圧的ににらみ合う様子は
冷静に見ていると、動物のディスプレーのようでもないのですが、
(動物のディスプレーだって、大真面目の生存競争なのだけど。。。)

この国旗降納式典。



サッカーの国際試合で選手が入場する時に感じるような、
身震いのする空気に包まれます。



「パーキスターン ジンダーバード!」
「パーキスターン ジンダーバード!」



観客をスタンド下からあおる応援団長風(おそらく公認)のオッサン数人は
全身真緑の服装もあってか、ボスニア内戦のムジャヒディンを連想させ、
なんとなく同調できませんが、



するするとおりてくる旗をじっと見つめる観客の眼差しや
スタンドの熱気は心や感情を揺さぶるものがあります。










式典が終わると、制限付きながら国境ゲートの近くまで人が近づけるようになります。



その時、インド人もパキスタン人がののしり合わずとも、
応援合戦でもするのかと思いきや、

お互いを携帯の画像で取り合ったり、手を振り合ったりの暖かい雰囲気。

まばらになりかけたスタンドで両国の人々を眺めていると、
なんだかジーンとなり、涙が溢れ出してしまい、動けなく。。。。。。

ラホールへの帰り道で、いつものように人懐っこいパキスタン人に
何度も声をかけられましたが、さすがに今日は軽々しく
「パキスタン良いね(既にパキスタン大好きなのだけど)」
等とも言えない気分に。うーん。。。

頭の中で、「パリは燃えているか(映像の世紀のテーマ曲)」が
何度の何度も繰り返され、うなりながら就寝。





国境も、白線の上で貨物を両国のポーターが受け渡す。


パキスタン側で見た式典に感激し、翌日インド側からも見学。



昨日はパキスタン側の熱気とかけ声にかき消され、
「情けないぜインド。。」と思っていましたが、
インド側のスタンドに立ってみるとこちらもなかなかの熱気とかけ声。



「ヒンドゥスターン ジンダーバード!」

嗚呼、同じパンジャブ語だ。。。。。

壮絶なスコールが夕方ラホールを襲った為か、
インド側から見るパキスタンのスタジアムの入りはいまいち。



インド側の応援はパキスタン側同様大歓声には変わりないのですが、
うねりというか、背負ってるものがなんだか軽いかな?
パキスタン側の方が応援に対しての意気込みは強いですね。





昨日も今日も同じことをよくもまあ繰り返すなあと思いますが、
これからも問題がない限り、この応援合戦は明日明後日。。。と
続くのでしょうが、



精鋭部隊同士である隊員が、いつかどこかで
本物の銃火を交えることがないことを本気で祈るのでした。



そうそう、この日も式典直後の両国民の手の振り合いというか、
国境を挟んだふれあいに打たれてしまい、カメラを覗きながら
こみ上げてしまうのでした。。。



さて、ホテルに戻って少し休んだらまた移動だ。

KKH Hunza to Gilgit



KKHを下ってゆきます。

パキスタン北部最大、交通の要衝ギルギットまでは
アーリアバードまで乗り合いタクシー/スズキで20分。



アーリアバードからギルギットまでは、ハイエースで2時間弱。
このハイエース。崖沿いのかなりきわどいところを走るのに、
MAXで26人も載ってたぞ。。。





途中、ウルタルの大山容をほとんど遮るものもなく、見上げるような
場所を通過しながら、ギルギットに到着。




Passu & Around



カラコラムハイウエー/KKHの起点のSOSTから、PASUまでは車で約30分。





PASSUに降り立って小さなホテル、PASSU INN (Twin 600Rs/高いと思う)で
チェックインを済ませ集落の周りをふらつきますが、

とにかく目の前の山が大きい。




河岸段丘の平場に集落は広がっており、石積みで囲われた小麦やジャガイモの畑と、
ささやかな石積みの家が点々としています。KKH沿いとはいえ、
最奥地ともいえるこの辺りでは行き来が少なく、薪を担いだ子供や、
ヤギを引く鮮やかな衣装の女性が通り過ぎる静かな谷。この辺りの小王国で
あったフンザが、「桃源郷」と称されたのも納得です。

お決まりの停電と、それに伴う断水でパキスタン一日目の夜は
ロウソクの灯りと闇の中での水シャワーでしたが、疲れと到達感?で
心地よい睡眠。





移動が慌ただしかったのと、到着したのが午後も遅い時間だったので、
なんとなくパキスタン初日な気分。清々しい空気の中で目が覚め、
そこが憧れていた土地というのはなんとも気持ちがいい。幸せだ。
近場のPASSU氷河にトレッキングに出かけます。

PASSU氷河を望むレストランの情報ノートに、トレッキングの内容が
「是非どうぞ」的に書かれていますが、運び屋は崖系高所恐怖症の持ち主。

今回のトレッキングも、一緒に歩いた仲間には悟られなかったみたいですが、
氷河へ続く山道は、巨大な岩にうっすらと降り掛かった粉の筋のよう。

50センチの幅もないようなところもあって、



足を滑らせて滑落。

つかんだ石が体重を支えられず落下。

東村山出身者嫌いの岩盤が運び屋の真上で崩落、
落石が頭部直撃しヒデブ系即死の上、落下。



全長15センチのゴキブリが突如現れ、
ビビって反射的に後ずさり、落下。

etc.....

など、どうでもいいことも含め、いろいろな死にっぷりが頭の中を駆け巡り、
元の形をとどめない姿になった自分の姿を想像したりしてしまい、



氷河を望む場所に立ったときより、PASSU村沿いのKKHに戻って来たことの方が
嬉しい。。。みたいなへたれっぷり。嗚呼、なんでこうなんだろ。


いったん宿に戻り、ジープをチャーターして、ボリット湖/Borith Lakeへ、

灰色の丘と7000メートル級の山々が覆い被さるように囲む窪地に
周囲を緑で囲まれた透き通った水たまりは、湖というより、池というのが
似つかわしいかもしれませんが、KKH沿いの光景とはひと味違う、
これまた命が洗われるような景色。。。



嗚呼、生きて氷河から帰還できてよかった。



ボリット湖はHussainiの集落からジープでつづら道を登って少しの場所にあるのですが、
集落をフンザ川におりてゆくと、吊り橋があります。外国人の旅行者は
インディ(アナ)ジョーンズの吊り橋などといいますが、この吊り橋も
KKHのランドマークのひとつ。吊り橋の向こうに、マハラジャの秘宝や
前人未到の9000メートルの山が雲に隠れている訳ではなく、



実際は、川の向こうの耕作地へ行き来する生活用の橋なのですが、
想像通りワイヤーにまばらな木切れや板が渡されただけの、スリリングな橋。





こっち系の恐怖症の気はないので、さくさく渡りましたが、
眼鏡がずれたり、橋が揺れたりして少し気持ち悪くなりました。。。おぇ。。



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