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中国 広州

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中国 広州

前回の広州は、アウトドア用品の試作品を作るにあたって参考のテキスタイルやらを探りに出かけたのだけれど、一緒に出かけた友人の友人がウチに泊まっていけというので便乗することにし、

結論から言うと、初日の晩飯をご馳走になることから始まったボリューミーでマッシブな接待のつるべ打ちをくらい、最終的にマカオまでベンツでバビーンと拉致(笑)され、マカオで轟沈したのでした。

「嗚呼、中国ってもうこんなんなのね。見て見ぬ振りしてた認識。本日をもって改めます。参りました。ご馳走様でした。」

となってしまいました。

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私服の女子校生がスーツケース引っ張って修学旅行してます。

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日本より高いくらいですよー。

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隣の食堂でワンタン麺を食っている間に、3名ほどチームメイトが。。。

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広州はアパレルや雑貨製造のの中心。電化製品なら深圳!

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今夜は広州のトップとアンダーグラウンドを見せてやる!とのことで、まずトップ。

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広州一のビルで、気鋭のアパレルリッチの皆さん、ワイワイ。飲まないので夜が長い。出身地は瀋陽、蘇州、成都、福州と、中国各地なため会話は北京語。アパレルやるならやっぱり広州!だそうで、「日本のメーカーにデニム作ってもらい、日本から中国各地に直送する!」なんて話してます。僕が営業マンやっていた10年前は、中国の工場で作ったプロジェクターを、どうやって直送するか。。。なんて話ししてたのに。。

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アパレル軍団が、資金を提供して秘密裏にバーやらグラフィティーアートの拠点に仕上げた廃マンション。AKIRAの春木屋を彷彿とさせます。

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細かいことはgoogle翻訳で会話。俺よりもSkaやらに詳しい。こっちはVPNを突破できずに苦労してるのに、youtube観てる。

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仕事は一歩も前進しなかったのだけれど、3周くらいして悔いは無し。

ワンタン麺を食った市場の食堂脇では、鶏をグキッと絞めて、熱い湯に放り込まれていると思えば、市場を見下ろす広州の摩天楼の上〜の方では、真っ赤なドレスに身を包んだ女性DJが、バキッと熱い音楽を流しています。

コンビニの値段は日本と大差ないか、商品によっては日本より高いくらいだし、コンタクトを装着したら30分で頭痛になりそうな空気汚染ですが、人民はしぶとく生きています。

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成功者のすべてとは言いませんが、え?と思うくらい洗練され、国際的な立ち位置や国内や海外の政治情勢を冷静に判断できる知識や経験を備えています。

バブルが弾けようが弾けまいが、好むと好まざるとに関わらず、上層も下層にもフルパワーで日々を送りつづけてゆくのに、そんなお隣の国と、まともな国交ができていないのはマズイなぁと感じたのでした。

ふぅ

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広州最後の夜は両国の友誼平和を祈って、鳩をいただきました。

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アパレル寄りの若き成功者達にお世話になったのですが、彼らは、ほんの5年前まで、偽物から本物までなんでもござれの市場の小間使いや、2坪くらいの店のお兄ちゃんだったそうで、1年頑張ったら台車(笑)が軽自動車になって、3年したら日本車、今はベンツだそうです。

そうですね、僕は5年前は10年落ちくらいの小さいベンツに乗っていましたが、今は車すら持っていません(笑)。

5月に仕事で来日するらしいけど、大井町のセンベロでお返しの宴を催すことにしよう。ぬはは。

国際問題になるかな?







 

食在北京 / .. can't die till be satisfied with Beijin foods 

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食在北京 / .. can't die till be satisfied with Beijin foods 

意味不明な英語の題名をつけるのがやっと。

訪れた町で、何の気無しに立ち寄った店で旨いモノが「ガツン!」とでてくるのも素晴らしいけれど、事前にじっくりねっとりリサーチし、無駄の無い行動計画で、旨い物をギットギトに食らってゆく。そんな旅も悪くないなぁ、と認識した北京旅でした。

ぶらりさんと、ぶらりさんも参考にされた北京の有名食ブロガーさんに感謝!

以下、写真にて!

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北京 / Beijin

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現地の民工の方とスイカを食べるぶらりさん

北京 / Beijin

これまでの中国旅は、数日滞在するような場合でも、有名店にたまに立ち寄るのが関の山。宿の周りに適当にログインして、餃子やらを食って空芯菜を炒めてもらって啤酒!それで終わり!なんていうパターンになりがちでした。。。

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そもそも、一人で旅していると、旨い店にいったところで、少し食べて、半分以上残すくらいのお大尽ぶりを発揮しないと、彩り豊かな、テーブルの上の物語、中華料理を堪能する事はできないのであります。

路地裏の、煤けたぶっかけメシやならまだしも、たいていのメシやは、料理の種類を問わず、数人でわっさわさ食べる事を想定した量で出てくる。
そのため、まずは「とりあえずメインの前にスープ。。。」なんていう軽い気持ちで頼んだ酸辣湯が、大どんぶりに入ってゴフンッなんていう音をたててテーブルに置かれ、もうそれだけで、ごちそうさま状態になってしまうのでやんす。

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はじめに書いた、餃子やら空心菜だって相当な量が出てくる。

日本の中華料理屋で、セットを頼むと、小さな餃子がラーメンのどんぶりに隠れるように、チョロンと小皿に三個くらい乗ってきたりするけれど、中国だったら病気のばあさんだって、「馬鹿にしてんのか!あ?」と怒るレベル。

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ま、とにかく、小どんぶりでいろんな物をちょこちょこ食べることも可能な東南アジアと違い、気合い入れて中華を食べるのなら、戦友が欲しいところ。道連れがいる中国食い倒れ旅は、1+1が3どころか4にも5にもなるような素晴らしいものになるので。。

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ゴールデンウィークあけに、食い倒れ旅ブログ界の白眉「ぶらり」さんが、9月初めに名古屋からどうやら中国北京へ、食い旅に向かうという情報をキャッチ。三顧の礼を尽くして、食有北京旅に同行させていただくことになったのです。

ったく、さすが、食いバカ大学卒業生、事前のリサーチも完璧。

初めて食う物がしびれるように旨い!

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という舌を伝わって世界が広がる、スバラスィ思いを味わう事ができました。土下座して、「北京に連れて行ってください。」と頼んだ甲斐がありました。

大連 & 丹東 / Dalian & DanDong

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大連 & 丹東 / Dalian & DanDong

二つの町、いずれも初めての訪問なのだけど、今回は通り過ぎるのみ。大連は夜着だったからよいとして、バスの乗り継ぎやらがもう少しうまくいけば、丹東で少しは落ち着いて観光できたかもしれないので少し後悔。まあ、なかなか旅行が上手くならない。その分、画像満載なアップデート。

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観光シーズンのため、市内の格安〜中級ホテルは軒並み満室「客満」

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ようやく見つけた宿は、連れ込み宿系。それでも200元。

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水餃子と魚香茄条を頼みましたが、食いきれませんでした。

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タクシーから。ロシア租界あとかな?

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駅前のヤクザ者と筆談でコミュニケーション。

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やっと丹東行きのバス乗り場を見つけるけれど、2時間後のバスのみ。

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丹東に向かうサービスエリアにて。

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丹東ー大連間にも高速鉄道が開通しようとしています。

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4時間ほどで丹東到着。脱北者のドキュメントでは、隠しカメラなんかで撮影するので、うらぶれた地方都市をイメージしていたけど、良くも悪くもイケイケな季節の中国な地方都市でした。TESCOやKFCもあるよ。

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お、朝鮮族のお店かな? 沢山ではないけれど、あ!朝鮮系だ!っていう顔かたちの人が町には結構います。

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駅前。明日はこの駅から北朝鮮に向かいます。

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鴨緑江の朝鮮戦争時代に破壊された橋でも見に行きますか。

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高層ビルと爺さんと高射砲

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あれ?韓国商品なんて書いていいの?

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道の向かいは北朝鮮系レストランなのに。。

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夕方になると、町の至る所にテントが出され、烤肉店だらけになります。

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いいっすね。火傷すんなYO!

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正直、今一歩だったけどまあ、半裸のオッサンに免じて許します。それでは平壌へ!

まずは天津→大連



天津なう大連ウィル

エアアジアXにて、中国なう!

ベンチの隣はiPad2をゴニョゴニョやるポロシャツ姿の中国女性。もう片方は中国オバチャンで、「天津甘栗」をモグモグしております。で、せっかくだから僕はYMOの"La Femme Chinoise"を聴いています。

丹東行きの夜行のチケットはとれないし、北京から丹東までの飛行機もとれない!まいったぁ!と思ったら、天津航空っていう航空会社が大連行きを880元で飛ばしてました。この航空会社と天津→大連路線って事前の検索で出てこなかったんだよなぁ。やっぱり地場の航空会社は頼りになります。

例によって、TwitterとFBは利用できないので、ブログのアップデートやらに勤しみます。今日は大連に泊まって、明日の午前中に丹東入り。まあバスは何とかなるでしょう。

アップデートは頑張りますが、ブータンの歴史を語る上で、○ベッ○や、侵○といった言葉を使うのが不可避なため、アップデートが途中で出来なくなるかもしれません。

悲しい事、大変な事は乗り越えていくしかないですね。僕には松田選手の訃報のことについて語る資格のないニワカですので、ただただスピードを落とさずに前向いて行くだけです。

明後日から北朝鮮!ゴリゴリ行きますよ!

北京


マンオブザ北京

北京

ひたすら食っていた記憶のみ。

ここで旨いモノを食い過ぎて、その後の
シベリア鉄道旅行の食事が退屈でキツイキツイ。

ということで食事のみのアップデート。


小籠包


青菜の炒め物


お粥


海鼠


北京ダック


茄子味噌


ジュースィー&スパイスィー。焼羊。


中華トマトスープ


水餃子


もやしニラ炒め。こいつを食いに北京に戻りたい。


ジュディーオングか!


紫禁城。

近いうちに改めてアップデートし直します。







タシュクルガン Ta shi ku er gan



タシュクルガン Ta shi ku er gan

人口が希薄な土地の町というのは、人間とその営みが、大いなる自然に
やっとのことでかじりついているのを見るようで、いろいろ考えさせられます。

カシュガルとの間には険しい渓谷や、立ちはだかる峠を越えてきましたが、
この町のあるあたりの川の流れは穏やかで、ゆったりとした河原と河岸段丘が
広がる穏やかな緑の谷。さながら新彊の奥座敷といったところでしょうか。

谷の西には雪をたたえた山。山の向こうはタジキスタンで、本格的な
パミール高原が始まります。川を挟んだ町の東の山々は、
崑崙とヒマラヤの山々が出会うこれまた世界の屋根な場所です。



クンジュラブ峠に向かう道沿いと、その道をそれて伸びる
静かなポプラ並木の道。それに交差するメインストリートだけの町は
いくらも歩かないうちに町並みがつきてしまい、
石頭城と呼ばれる城以外には、格別見るものはありません。

ただ、パキスタンと境をなすクンジュラブ峠が、4700メートルを越える
高地にある為、ここが中国側の実質最後の町
(ささやかな集落ならここから先にもある)
となり、中国側税関や出入国管理などが行われます。

入国管理や税関などの施設や、道路の整備や建設等に従事する人が多い為か、
新彊の奥の奥な割に漢族が多く、町を歩いてみた印象では少数民族との
割合は半分づつ位のような印象を受けます。

その少数民族の多数派はおそらくタジク人。この町は
新彊ウイグル自治区内のタジク自治県内にあります。

しゃがみ込み、ナンに齧り付くヘルメット姿の漢族の工人のそばを、
丸い帽子の上に布をかぶるタジクの衣装の女性が通り過ぎる。。。
そんな光景が印象的でした。


パキスタンへ

クンジュラブ峠をこえ、パキスタンに向かいます。

ススト行のバスはウイグル時間の10時発。270元

カラクリ湖で降りられるかな?


ということで、しばらくアップデートができなくなるかもしれません。

パキスタンのフンザかギルギットにたどり着いたら
まとめてアップデートいたします。

カシュガル

カシュガル


じっくり回りたいところですが、
体力のあるうちにパキスタンに入ることにします。

あまり写真はとれませんでしたが、
ゆっくりできてネット可能などこかで
アップデートいたします。

烏魯木斉からカシュガルへ




烏魯木斉の新疆ウイグル自治区南方面行の
バスターミナルは街の南。

前回、トルファンに向かったターミナルなので、
バスを乗り継いでも行けるのですが、
ガイドブックに書かれたカシュガル行きの最終バスの
出発が午後8時(北京時間)。飛行機の到着が
6時半だったのでタクシーで向かいます。(メーターで約45元)

8時15分前の時点で長距離バスのチケット売り場が
長蛇の列だったので、万事休すかと思いましたが、
8時過ぎにようやく手に入れたチケットに書かれた
出発時間は2030。売り場構内の運行案内にも午後8時までの
記載があるので、ガイドブックに非はないのですが、

無駄にあたふたしてしまった気分。で、こんどは
バスが出発しない出発しない。。。

チケット売り場が午後9ジゴロしまった後も、
座席を満席にするためか、ずーっと客引きしていて
バスターミナルが空っぽになってもなかなか動き出さない。。。

結局、バスターミナルを出たのが午後11時頃。
1キロも走らないうちにまた停車して、
けっきょく烏魯木斉の街から出たのは日付が変わっていました。



漢、ウイグル、タタール、キルギス、カザフ、回、
パキスタン、そして日本人と非常に国際色豊かな乗客だ。。。

否。。。

でも国籍は3カ国か。。。

目が覚めると、

バスは右手に天山山脈、左手にタクラマカン砂漠

の一本道をダラダラと爆走中。



見知らぬ街で朝食休憩があった以外

ほとんど長い休みを取らないバスでしたが、
途中のオアシスの町や高速のチェックポイントで
やたら停車したり、道路事情もあって、カシュガルについたのは

北京時間の0時過ぎ。結局バスに乗り込んでから
28時間もかかってカシュガルにようやく到着です。



カシュガルは新疆時間が採用されていることもあって、
バス停近くの食堂バザールはまだまだ灯があり、
予算内で十分な設備のホテルに泊まれたのが救いでした。

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