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SHAHRISABZ

シャフリサーブス

ティムールの生まれ故郷。



かつての壮麗壮大なモスクやイスラム廟群の多くは
ブハラ王に破壊され、他のウズベクの都市と比べ見所は少ない。



そんなシャフリサーブスの中心、ティムール広場は
世界遺産の観光地というより、結婚式の、記念写真を撮る
晴れやかな場所になっていてる。









友人や家族、真夏の太陽に祝福された二人はホントに美しいなあ。


シャフリサーブスは他の町に比べ、敬虔なムスリムが多いように思えた。


このオヤジは元気だったなー。。。





SAMARQAND Day-2

サマルカンド新市街



サマルカンドは2750年の歴史をもつ町ですが、
ウズベキスタン第二の都市でもあり、

ヒヴァなどと違い、コカコーラライトが手に入ったり、
ネットの速度も格段に速くなったり、かなり条件が整っています。

が、ヒヴァから東に向う度に町が大きくなり、無邪気な子供の表情や、
町から笑顔が減ってゆく寂しさがあります。



ガガーリンの銅像や



変な公園があって、管理人の人が歓迎してくれたり。。


変な公園の変なシュモクザメ






なんだかオオカミとウサギがやり合ってて


鶏がバラライカもってる(これはドンブラにしたほうがいいのでは?)


。。。。。。

新市街からレギスタンに戻る途中。オタチュルク通りを通り過ぎる。
おたちゅるく??



お、トルコ共和国初代大統領!アタチュルク!

ムスリムだけど大酒飲み。三回離婚。いろいろあるけど、

このアタチュルク、

20世紀の巨人、ベスト10には入るなぁ。

行き過ぎと言われようが、100年近くたった今もトルコ国民の
敬愛を受けています。そんな人物は滅多にいないよな。。。

ウズベクはトルコ系国家(言葉や人種に共通点多し)といったらウズベク人は
トルコがウズベク系なんだ!と言うかもしれないけど、

ルーツを同じとする英雄をたたえた通りがあるって言うのは
かつて民族が行き交った中央アジアらしいな。。。。と

夕暮れのタシケントで思うのでした。

SAMARQAND

サマルカンド



それにしてもサマルカンドっていうのは
想像をかき立てる響きだな。。。



人によって涌いてくるイメージが違うのだろうけど、
運び屋の場合はやはりレギスタン広場の青いタイル。



たどり着いてみれば、青というより茶色なのだけど、
広場を取り囲むメドレセの壮麗な細工と迫力のある建築を
見ていると、苦労して飛んで来た甲斐があったな。。。



ツレのコンサルオヤジの表情もどこか明るく嬉しそうだ。


この人はサマルカンドの料理人

ああ、旅しててよかったな。。。。。と

やっぱりいいぞサマルカンド。




ブハラ発モスクワ行きバス




ブハラの中心部とブハラ駅の間の道沿いに、
何台かぼろいバスが停まっている。



きけばモスクワなどロシア行きのバス停のよう。




で、どのくらいかかるの?と聞けば4泊5日。150ドル。



どうでもいいけど、モスクワに着くまでに3人くらい、
心筋梗塞で死ぬんじゃないか?

と、心配できる立場じゃないんだけど、心配してみる。。。


BUXORO

ブハラ

ブハラからサマルカンドの間のシルクロードは、
王の道といわれ、往来がもっとも盛んだった場所といわれています。




乾燥しているとはいえ、アムダリヤをはじめとするパミールから
豊富に流れ込む水に潤わされ、食べる物には困らなさそうな印象を受ける
綿花や果物の畑が東へ伸びています。




ブハラから先は茫漠と広がる砂の海、キジルクム砂漠。

山脈や砂漠をなど、強烈なバリアが道の前に立ちはだかると、
人やモノは一時的にとどまる習性があり、必然的に拠点的な
都市や駅逓が築かれます。ブハラはまさにそのパターン。



現在はキジルクムだけでなく、トルクメニスタンとの国境線がひかれ、
今は国境貿易の拠点にもなっています。



なんだか、写真とブハラの説明がバラバラだな。。。

XIVAからBUXOROへ

ヒヴァからブハラへ

シルクロードの要衝、ブハラへ。
キジルクムをひたすら東へ。


途中、アムダリヤを見下ろす河岸で小休止。


タクシーチャーターは1台50ドルくらいから。
バルセロナでツーリズムを教えるという大学教授のお姉様と
一人20ドルでシェア。所要時間はガイドブックの通り、約5時間半でした。

XIVA Day-3

ヒヴァ



キジルクムという砂漠地帯にあるとはいえ、



パミールに源をなすアムダリヤとその運河に潤わされ、
ヒヴァやウルゲンチ一帯は綿花を筆頭に小麦やトウモロコシ、
米といった穀物、メロンや西瓜などの果物等の一大産地となっています。


日本にもって帰ったら、一玉3,000円でも売れそうなメロンは一個1000ソム。約100円(沢山買えば当然もっと安くなる。)だ。


真夏の太陽に育まれたそれらは。

当然美味い!



特にメロンに関しては絶品という言葉でも足りないくらい
甘くみずみずしく、

生まれてからいろんな果物を食べてきましたが、その中で間違いなくNo.1。

(メロンは野菜?というツッコミは無し!)




ヒヴァは観光地であると同時に、近郊のそれら産物が集まる
集積地になっていて、彩り豊かな食物が市場に並びます。



ヒヴァ→ブハラ→サマルカンド→タシケントとだんだん
カメラを向けたくなるような街の姿が無くなりますが、



スーパーマーケットによる流通網が発達していない
ウズベキスタンのマーケットはどの街も活気があって、
屈託の無い笑顔が溢れています。


この人は笑ってないか。。。


なんだか写真を撮っているだけでも楽しい町ですよ。


カザフ行きの列車のチケットを購入するまで



お昼過ぎになると砂埃に遮られていた青空が見え始め、
ウルムチへ戻るバスは行きとは打って変わって、天山山脈の万年雪を
遠くに望む気持のよい移動。到着して、そのまま鉄道駅へ向います。


先日訪れた時は、カザフ行きチケット売り場自体が閉まっていた上、
旅行前に調べたガイドブックやネットから集めた情報だと、この路線は

☆ チケット購入にあたってはカザフビザの提示が必要。
☆ 上の理由から、日本から手配しにくい。
☆ 慢性的な座席不足。
☆ 週2便。

と、なかなか手強い雰囲気。

そのため、いざとなったら国際バス(19時ウルムチ発)でのカザフ入り
にスイッチできる5時過ぎにウルムチに戻った訳です。

幸いな事に、本日は2人用軟座コンパートメント(1等/860元)に
一つだけ空きがあると伝えられますが、今度は手持ちの人民元が足りない。

悪い事は重なる物で、駅周辺にはこれといったATMや両替所がなく、
アタフタしているうちに、売り場が一旦閉まる18時が近づいてくる。。。

あきらめかけていた半ば、4人用硬座コンパートメント(2等/541元)、
バラバラでよかったら二席あるよ、と無愛想なおばちゃんが教えてくれる。

「ソレを早く言えよ。。。。。。」

カウンター越しに、チケットとパスポートをポイっと投げ渡すや否や、
売り場のカーテンを締めるおばちゃん。


一昔前の人民服務を思い出させます。

まあいい。チケットが取れたんだから。

ウルムチで食事と買い出しを済ませ、町中の中国工商銀行ATMから吐き出された
人民元でポケットを膨らましたあと、チケット売り場(列車出発前に開く)

「追加料金を払うから、2人用軟座に替えられないか?」

と尋ねると、

「今夜の座席は完全に売り切れ」

との事でした。

もしこれを読んで当日にチケットを手配する方がいれば、
できる限り早めにチケット売り場で手配する事をお薦めします。

この先は35時間ほど列車に揺られれば、アルマティー。
そこから先の航空券はすでに手配済み。

海外からの航空券手配や、短い日本の滞在時間でのビザ手配等、
細い糸を繋ぎあわせるような旅行準備と、どうにもならない
現地の不確定材料はこれですべて解決。なんだか荷物も軽くなった
いい気分で、カザフ行きの列車に乗り込みました。

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