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アンデスを越えろ その2 / Cross the Andes Vol.2

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アンデスを越えろ その2 / Cross the Andes Vol.2

二日目のクライマックスは、コロラドという名の赤い塩湖。残念ながら雲が厚くなってしまったけれど、これまた宇宙のような場所だった。空と台地と湖の色は、その組み合わせだけだったら木星みたい。

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湖周辺は国立公園になっており、入園料を支払って湖からランクルで15分くらいのロッジに到着。時刻は午後5時前。同じホテルには自分達以外に2台のランクルが時間差で到着した。

早めに着いたので近くを散歩したり、それでも夕食まで時間があるようなので、チリで投函する用の葉書を習字で書いたりする。ただ「地理」って書いただけ絵葉書ですらない葉書。そんなのを書きながら、何も知らない他のツアーグループの外国人にカタカナで名前を書いてあげたりするが、その流れの中で、エギゾチックと言うか、国籍不明の女の子に話しかけられる。

「それは、漢字で”geography”の意味ね?なんでそんなことを書いているの?」

うーん、ばつが悪い。

「これからチリに抜けるんだけど、日本語だとChileと地理はいっしょの発音なんだ。ま。。。」

なんて答える。

下手な冗談にバチッと突っ込みを入れられるのは、袋小路で追っ手に銃口を向けられる感じでどうにもならない。けれど、このつまらない葉書が切り口になって、彼女や彼女と同じグループの韓国人女性といろいろ話が盛り上がる。

国籍不明の女の子は中仏ハーフ。中仏英西の4カ国語を完璧に操る18歳だった。

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彼女と同じツアーグループにいた日本語を話すこともできる、韓国人女性の助けも借りて、簡体漢字と日本で用いられる漢字の違いや、文法、ひらがなカタカナの用法を説明したりする。毎度毎度のことだけど、今回も日本語を旨く説明できない。日本語の複雑さやおもしろさに興味がある人だからこそ、こういう話題になるのになぁ。ザックリでいいから、上手く英語で説明できるよう、丸暗記でイイから、カタカナ、ひらがな、漢字の関係を英語で覚えておこう。。。と誓う。

いつの間にやら自分のパーソナリティー、所謂、自己紹介な話になるが、これまた自分の商売や生い立ちが説明しにくい。彼女は大学で国際関係学を勉強するようなので、学生時代に勉強したことに興味を持ってくれたので、カンボジアと周辺国との関係、カンボジアで起きたことについて薄く広く説明する。上手く説明できたか分からないけれど、中越紛争や、中ソの対立もキッチリ客観的に捉えてることに驚く。ホーチミンルートとか、ロン・ノル、シアヌークという言葉は知らなかったけど。。

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南米に一人旅中の、中国人(母)とフランス人(父)のハーフ。4カ国語を完璧に話し、中国の古典にも触れつつ、現在の中国が世界でどう見られているかを正確に捉えている18歳。将来が楽しみだなぁ。

綻びだらけののインドシナの話が一段落し、彼女のパーソナリティーも少し見えてきたので、「エギゾチックな顔立ちなので、烏族かと思ったよ」と言うと、「新疆は、中国でも大好きな場所のひとつです。お母さんは漢族だけど、生まれ育ったのは新疆なのよ」なんて言う。彼女の年齢からすると、お母さんの親、お爺さんかお婆さんは文革時代に新疆に追いやられ、その後に復権した高級官僚かな?なんて考える。ま、考え過ぎか。

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相当な切れ味の18歳に、南米旅行の経験が追加!ツアー中は、自由行動の度に、一人でポツーンと遠く離れ思いに更けながら歩いている姿をよく見かけたけど、それが様になっていた。

そんな話をしているうちに食事の時間。ブラジル軍団は、ツアー中に仲良くなったドイツの女の子に夜這いをかけたけど、事が済んだのか、ゆっくりどこかの町で待ち合わせる段取りがついたのか、すぐに宿に戻ってきて、昨日に続き、歌と語りの夜。

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しばらくそれに参加するけれど、食後から怪しい頭痛警報が頭蓋骨の中をビビビと駆けるので、歌と語りの夜も星空の散歩も程々にベッドイン。

ーーーーーー

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翌朝、これまた激頭痛。

昨日はワインも二口くらいにして、それ以上は断ってさっさと寝たのになぁ。ブラジル軍団は、寝起きは弱いっていうくらいで、相変わらず元気だし、同じ宿の他の2グループもさささとパッキングやら歯磨きやら、出発の準備を淡々と進めてる。何度か夜中に目覚めた時に、怪しい予感はあったので覚悟していたし、これから標高は下がるばかりだから問題ないだろうけど、なんでまた俺だけ頭痛なんだよ。

このブログをアップしているくらいだから、最終的には回復して旅を続けたのだけど、一旦収まった頭痛がぶり返したこと自体がショックで、どうでもよい自責の念なんかが乗っかって、頭痛と同時に心まで苛まれる感じだった。

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だるさに加えて体が火照る嫌な感覚。これからの旅に不安があったり、中途半端にやり残したことが日本であったりしたら、裏ドラがのっかって倍満!じゃないけれど、パニック症候群に飲まれていたかと思う。危なかった。

ロッジを出発して名も無き峠を越える。

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そこが今回の旅の最高地点で、約5,000メートル。その後の間歇泉ポイントが4,800メートルくらいで、あとは下り。間歇泉で車が停車している間は、動けないくらいグダグダだったけれど、そこから更に降りた4,000メートル前後の温泉あたりでようやく頭痛が薄まり復調する。

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二日目の日程は、早朝のうちに間歇泉を拝み、温泉に浸かってそこで朝食。そのあとチリ国境に近いビューポイントで最後の休憩をし、ボリビアの出国ポイントで出国手続きを終えたら、チリから迎えにきたマイクロバスに乗り換える。

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で、ツアーは終わり。

チリに抜けず、2泊3日や1泊2日でウユニに戻る組なんかもいて、最後の山を見るビューポイントや、国境でグループが別れたりする光景もチラホラ。「元気でな!また!」なんていう光景になんだかグッと来てしまう。

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チリのサンペドロアタカマから来たマイクロバスに乗って、一気にアンデスを駆け下りる。手に持っているペットボトルが、ベコンベコン音を立てて凹んだ。



アンデスを越えろ その1 / Cross the Andes Vol.1

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アンデスを越えろ その1 / Cross the Andes Vol.1

目が覚めて、寝床の中で体を動かす。

頭が重い。いや、重いどころか痛い。

あたまがいてぇえええええ、割れそうだ。。  の完全停止鉄雄状態

昨日は宿に着くなり横になって、意識が途切れる途切れないを別にして、一晩同じ状態で絶対安静にし、13時間以上寝ていたのに。ほとんど状況が改善されないってどういうコトだよ。頭痛は全く引かず、頭の内側にへばりついているような感覚だ。今日はチリを目指しながらの丸一日の移動日。今以上に標高が高い所を走り、当然移動距離も長い。この頭痛のまま未舗装路を一日と思うとクラクラしてくる。

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けれど、途中棄権したところで、現在位置はアンデスの大高原地帯のど真ん中。ツアーから離脱したところで、標高3,000メートルを切る安全圏まではどう考えても丸一日か、それ以上の距離がある。

これまさにin the middle of nowhere也。

不幸中の幸いは、着の身着のままで寝てしまってザックもそのままな為、着替えと荷造りをする手間が省けることくらい。なんだそりゃ。

宿が同じのもう一つのグループは出発時間が早いらしく、ブラジル軍団がグースカ夢見ている間に食事とパッキングを終え、バックパックをランクルに載せ始める。

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そういえば、宿の食堂が賑やかになっていた昨晩、枕元に現れ、「少し食べた方が、高山病にはいいから、スープだけでも食べに来ないか?」なんて声をかけてくれたのは、このグループの中の一人だった。結局、誰か分からなかったけれど、御陰様で元気になったよ的な笑顔を送る。一切状況は好転していないけど。。ザックをガシッと担ぎ、出立する旅人ってのはイイ顔してるなぁ。

食堂にはパンに塗りたくるジャムやらチョコレートに、コーヒー紅茶の準備がされている。カフェオレを作りゆっくり飲む。出立していったグループが残していった分厚いパンケーキを、小さく切って口に入れる。

いつの間にやらブラジル軍団が現れ、大丈夫かい?なんて声をかけてくれる。作り笑いを返そうとするとあら不思議。少し楽になっている。登山の小説や漫画では、甘い紅茶を飲むビスケットを囓るっていうシーンが殊更出てくるような印象があるけれど、やっぱり食わなきゃ始まらないのかもしれない。

いつもと変わらぬ朝の如く食事をとるブラジル軍団と会話をしながら、パンやらを放り込み、何杯目かのカフェオレを飲み終え、食器を纏める頃には、頭痛が消えている。ろろ?

最近はストレス低めな生活をしているので、頭痛に悩まされることは少なくなったけれど、頭痛&ルサンチマン持ちな時代も長かった自分にとって、頭痛をやり過ごす唯一の方法は、頭痛薬を飲んでじっとするか、寝てやり過ごすっていう方法のみだった。食事をしている10数分の間に、キツイ頭痛が消え去ってしまったことの驚きが、喜びより先に来る。

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寝起きだとか、夜中に高山病を抑える薬を一応飲んだとか言う条件もあるけど、自身の経験、夜中に声をかけてくれた旅行者の言葉、山登りの小説や漫画やらを総合すると、こういう状態になってしまったら暖かいモノを飲んで、何か食べる!ってのが良いのかも(予防としてはとにかく水)しれない。ウユニを急ぎ足で目指す方、効くかどうか分かりませんが、あらら?と感じたらどうぞ!

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あ、ツアーでは沢山の旅行者とすれ違いましたが、アンデスの高山病にやられてしまった噸間は自分以外にほとんど見かけなかったということを書き添えておきます。心配してばかりも駄目ッスよ!

ということで、「食事を済ませ、8時頃に出発」の一行で済む、出発までの時間を長々と書いてしまった。

宿を出て目指す方角には頂上付近に雪を頂いた山々。活動中のものを含め、火山性の山が多いからか、ゴリゴリとそそり上がり、立ちはだかる山脈と言うより、砂で盛り上げたような緩やかな傾斜の山が多い。4,000メートル前後の高原地帯を走っているため、5,000メートルを超えているであろう雪を頂いた山に迫力はあれど、覆い被さってくるような威圧感はない。

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そんな気色の中に伸びる未舗装の道は、傾斜のきつくないルートをえらんでいるのだろうけど、山と山の間の鞍部を越えるときでさえ、つづら折れで越える難所のような箇所はほとんど無い。広大なガレ場というか礫地を抜けるような道が続く。あんまり山越えという感覚はない。

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5,6人のグループごとに分乗したランドクルーザーと抜きつ抜かれつをしながら、絶景ポイントで小休止を繰り返しながらのアンデスを駆ける。ノリの良いブラジル軍団は、小休止の度に他のグループと言葉をかけ、かけられ、徐々に他のグループとの距離が狭まってくるのが面白い。

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高校の社会科見学は班行動だったのだけど、上野公園の西郷像前、戦争時雷門前などなど、いろいろチェックポイントを辿る度に、以前から気になっていた隣のクラス女子となんだか鉢合わせし、視線が合っているような気がしたことがあったなぁなんて、ふと思い出す。

そういえば、東京の田舎に戻り、社会科見学が無事終わった後、その女子とは別の、知らない隣のクラスの女子に呼び出されたなぁ。。。。。

。。。おっと、得意の嘘記憶が。。

俺は高校男校卒業だ。。。

高校生の頃もその後の人生も、アンデス級にモテなかったじゃないか。なんだよこの幻覚。なんだよ、ブラジル軍団の爽やかな愛の謳歌。

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ガイドブックは準備できなかったし、ドライバーさんにもあれこれ尋ねなかったので、各見所の名称やらはほとんど覚えていないのだけど、このツアー侮れない。アンデスに抱かれる感覚、絶景、旅人の横顔。色んなモノが詰まっててオススメです。

ということで、コメント抜きの画像を大量投下。その2は二泊目の宿の夜から始めることにします。

ウユニ / Uyuni

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ウユニ / Uyuni

心配していた頭痛もさほど悪化せず、頭はボンヤリとしているものの、思考は停止していない。目覚めがやけに早かったのは、思い返すと高山病の軽い症状だったのかもしれないけれど、窓の外は抜けるような青空。

さあ、ツアーを予約しにでかけるか。

ウユニ塩湖は、乾季と雨季、湖水の水位などによって訪問できるポイントが変わってくるのだけど、一年を通し、日帰り、1泊、2泊でアタカマに抜ける観光しながらコースなんかが用意されている。

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何も考えずに、まずはウユニ日帰りを予約したけれど、思い直し、観光しながらチリ入りできる2泊3日の観光に変更する。出発は11時。

旅の道連れは、女1人男4人のブラジル人学生グループ。キャラまでゴレンジャーみたいで面白い。

ウユニとは関係ないけれど、この時期の南米は夏休みにあたり、ブラジルとアルゼンチンの学生が大挙旅に出ている。そこかしこで、陽気な彼らの姿を見かける。


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南 米は資源価格と穀物価格の高騰に支えられ、非常に景気がよい。日本や欧米のニュース番組で見かける情報の9割方は、これからの地球はどうなっちまうんだ? みたいなモノで占められ、先進国のほとんどが躓き、グローバリゼーションが影を落としている一方、南米には光が差している。

2年前の南米訪問時は、ブラジルの景気の良さが突出していたけれど、2年間のうちに、勢いが南米全体に行き渡った様子。ローカルと旅行者という敷居がなくなり、一緒に旅するってのは悪くない。

そういえば中国でも、ある時期を境に安宿やユースホステルが、中国の学生だらけになり、観光地が団体旅行客で急激に混雑しだしたタイミングがあった。今回の南米旅はまだ始まって数日だけれど、数年前の中国で起きた、あのがらっと変わった感じに似ている。

「旅 は道連れ世は情け」なんて言葉があるけれど、自分はアルゼンチンやブラジルがずっこけている時、情けをかけたか?そもそも関心があったかなぁなんて考え る。大きく動いている時代に、有象無象の変容する前、した後を冷静に見つめることはなかなか難しいけど、脳味噌が破裂しないうちにやっぱり色んなモノを見 ておきたいなぁと思う。

いきなりテンション高めの彼らと話しながら、そんな思いに更ける。ランドクルーザーはまず、汽車の墓場に向かう。

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南 米の広大さ雄大さは、時として一本調子で退屈で飽いてしまうことも少なくないけれど、ウユニとその周辺の景色というのはやはり突出している。二度目で、頭 もぼーっとしているけれど、まだまだ飽きない。世界で最も平らかな湖のほとりに広がる、乾いた山、濃い青の空。影を引きながら舐めるように山を越えて行く 雲。そんなパノラマの中にいると、否が応でも「やってきましたよぉ!」という気分になる。

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でも、汽車の墓場は、写真を撮るための遊園地というか、ウユニに行く前にテンションを上げる添え物に感じられてしまう。やっぱり2度目だからかな?しばらく見物して塩湖へ。

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一 番の楽しみだった、水が乾ききる寸前のウユニ塩湖をランクルでぶっ飛ばし好きな音楽を聴くっていう願いは叶わなかった。叫び出したくなるような血湧き肉躍 るあの疾走感を味わえないのは痛恨の極みなのだけど、まあ仕方ない。というか、そもそもブラジル軍団が車のオーディオに直結した音楽が爆音過ぎて、自分の iPodの曲なんてあっさりかき消されてしまう。

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世 界には一方的に思いを募らせても、願いが叶わなかったり、近しくなったつもりが、あっさり袖にされるような場所がある。そして、そういう場所ってのは、面 倒なことになかなかたどり着けない場所だったりする。そんな場所にようやくたどり着き、人生を振り返ろうにも、今度は薄い空気が思いや気持ちをぼやかす。

なんだかグダグダ描いてしまったけれど、それでもウユニは絶対的な場所だなぁと思う。多少無理してでも生きているうちに訪れておきたい場所だと自信を持ってオススメできる。

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前回、ツアーでは写真を撮るだけのために立ち寄った、塩のホテル周辺でウユニを満喫する。ブラジル軍団は、集合写真がキッチリ撮れればOK。あんまりトリック写真にこだわらないようなので、一人きりで白い地平に向かって歩いたり、少し写真を撮ったりして過ごした。

ここまでは順調だった。

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が、紫外線を浴びすぎた上、延々と続く爆音ミュージックと未舗装道のガタガタが脳をシェイクシェイクしたらしく、ウトウトした後、ふと気がつくと猛烈な頭痛。心臓から送り出された血の波が頭の血管を通過するドクンドクンが激烈に響く。

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うわぁ、失敗した。レッチリや、コールドプレイなんかを一緒に歌っているうちに、自分自身が酸素不足に陥った上、元気はつらつのブラジル軍団を調子づかせてしまった。

いたいいたいいたいいたいいたいいたい

宿に到着するなり、ベッドに直行。

ベッ ドから動く気力はもちろんのこと、鞄に手を伸ばす事すらできなかった。同じ宿になった他のグループとブラジル軍団は、夜中までギターに併せ、ニルバーナや ビートルズ、U2なんかを歌って楽しそう。けれど動けない。学生の頃、よく聴いた曲を地球の裏側の若者もなぁ。。なんて思いを巡らせるのがやっとだった。

アスピリンや高山病を抑える薬の副作用で、今日見た景色も断片的になったり、薄くなったりしちゃうのかなぁなんて思う。 

そんなウユニの朝から晩まで。

ウユニ塩湖



ウユニ塩湖

重畳と連なる山々や、入り組んだ入り江に波打つ砂丘。これまでも
地球の大自然に感動してきたけれど、今回のターゲットは塩。

ただ、そのターゲットの量が半端でない。

アンデスの山中に、数万年の時を経て溜まった塩の重さは20億トン。
塩の地平が気が遠くなるほど続き、うっすらと水をたたえた
湖面に空と雲、彼方の山を映す。。。



短い人生で、会社やら女性やらの期待を裏切り、そしてその数倍?
裏切られ続けてきたけど。。。



ウユニ塩湖は、運び屋の期待を裏切りませんでした。。。想像以上。



こんな違う星のような場所に、軽い高山病程度でたどり着けたなんて。。
俺は幸せ者です。南米を北上するときにまた来ようかなぁ。



塩湖1日ツアーには、列車の墓場やらちょっと立ち寄る場所も
あるのですが、敢えて、塩湖に車が入ってからの画像のみ!



ウユニ UYUNI



ウユニ UYUNI


ウユニの町はに車で近づいてゆくと、アンデスの高地にやっとの
ことでへばりついたような頼りない感じ。けれど、町の中心部は、
旅行者向けのホテルや食堂、旅行代理店でなかなか賑わっている。

歩き方には、鉄道やウユニ塩湖の塩に関係する産業で成り立って
いるといったことが書かれていたけれど、ツーリストで大賑わいな
感じが強く、旅行者のお金で町が潤っているような気がする。

ボリビア製の強力な鎮痛剤を飲んで一眠りし、頭痛が退いたので
町歩きがてらローカルフードを探してみる。が、これだ!といった
食事は見あたらず。



仕方がないのでおじさんおばさんで賑わう屋台にお邪魔し、
紫色の甘酸っぱい飲み物と、中国の油条そっくりなパンを
かっこみ、観光もその程度で終了。






さて、2日目。

ツアーで西欧人旅行者と話すと、ウユニのピザは旅行者に鍛えられ、
なかなかの味だぞ!ということだったので、ツアーから帰ったその足で
何軒もあるピザ屋の一つに入り、ピザを頂く。


ボリビアのお札は悪そうな奴ばっかりだね

ずっとこれだけなら飽きてしまうけれど、十分満足。
南米の食事らしい食事がピザでスタート!とは我ながら情けないけれど、
料理の評判がすこぶる良い南米旅行のこれからに期待が持てる
美味しいピザだった。



あらら、どうでも良い食い物の話しでウユニの町のエントリーが
終わってしまったなぁ。。


プーノからラパス経由ウユニ PUNO - LA PAZ - UYUNI



プーノからラパス経由ウユニ塩湖 PUNO - LA PAZ - UYUNI

1月の凍傷に引き続き、2月は高山病!

午前7時半、ほぼ定刻に出発したバスはチチカカ湖岸沿いを走り、
11時頃に国境。ペルーの出国もボリビアの入国もあっさりと
したもので、同じような時間帯に集中した国境越えバスの混雑で
多少流れが滞った程度。





国境越えを終え、コパカバーナの中心部に到着したのは12時過ぎ。



この町はなかなかツーリスティックな場所のようで、旅行者で
賑わっている。バスもここがいったん終着。ここでラパス行きのバスに
乗り換えるようなのだけど、出発まで少し時間がある。ということで
バス会社の事務所に荷物を預け、レストランでようやく回復してきた
食欲を満たす。ここでは適当にスープと卵パン。美味しかったけれど、
名物の鱒を食べればよかった。。と後悔。









このコパカバーナでもプーノ同様にカルナバルのシーズンの様子。
この町のカルナバルでは水を掛け合ったりする、無礼講度合いが
激しいようで、カルナバルのグループが近づいてくると、食事をした
レストランはガシャーンとシャッターを下ろしていた。

さて、別のバスに乗り込んでラパスへ。


渡し場もあるよ


湖岸沿いを1時間ほど走り、湖を離れると人の気配もまばらな
高原地帯。遠くの山は雪を頂いている。





そんな景色もなんだか退屈になり、いつの間にか寝てしまう。

気がつくと車の数が多くなっており、町外れを走っている様子。
ぼんやりと窓の外を眺めていると、空軍基地。あ、そういえば
ラパスの空港は4,000メートル越えだったな。目が覚めても、
引き続きだるいのも頷ける。


ラパス

しばらくすると辺りの景色が開け、すり鉢状のラパスの町を
グワーッと見下ろす場所に出る。停車するバスもあるようだけれど、
自分が乗ったバスは、遙か下方の中心部に向かい駆け下りる。
沿道は粗末な煉瓦造りの街区が、ラパスを見下ろす山の尾根まで
続いており、天気は雨。大振りな建物が増えたなぁと思うと、
ビール工場前でバスが停車する。

バスに同乗していた女性のガイドが、工場の向かいにバスターミナルが
あると告げる。どうやらバスターミナルの裏口近くに停車したらしい。



道路を越えて歩いて坂道を上り、バスターミナルに到着。時刻は
午後5時半。時差があるのでペルーのPUNOからの所要時間は9時間か。

ラパスでは1泊くらいして、高地順応でもしようかと思ったのだけど、
たかが1泊で標高3,800メートル越えの排気ガスの町をウロウロ。。
というのもアレだし、治安の評判も悪いので、このままウユニに
向かうことにする。

が、はじめのウユニ行きのバス会社の便は満席。次の会社も満席。。。
ようやくターミナルの外れのバス会社の最後の一席を見つける。



選択肢はあまりなかったのだけれど。。。このバスがきつかった。。

最後の一席のため、座席はシートの一番後ろのトイレ脇。
その上、雨期の道路状況、ドライバーオヤジの下手な運転などもあり、
10時間程度という乗車時間が、結局16時間。

シートは通常のバスで値段的に文句は言えないし、トイレから漏れてくる
臭気も程々だったけれど、悪路で終始バスが激しく揺れ、高山病の
頭痛に響く響く。

頭痛のやり過ごし方は慣れたモノだと思っていたけれど、ほとんど
眠られず、痛みから解放されない。。その上、体がゆられて頭痛が悪化。
疼痛が頭から首筋あたりまで降りてくる。

降ろしてくれぇー!と言ったところで。。標高4,000メートル、
何もない山の中。。。。逃げられない。

ああああああああ、頭が痛い痛い痛い。。。ぐぅ。。。

ついでに、吐き気。。ううう、ここ最近、エロいことなど一切
していないのに悪阻(つわり)か?いつどこで赤ちゃん作るチャンスが
あったんだ。。。なんていう冗談を思い浮かべる余裕もなく。。

過去最悪レベルの体調なバスの夜がようやく明ける。。

といったところで頭痛はいっこうに治まらず、辛すぎで体はシートに
横たえたまま。。外の景色など見る余裕なし。

その上、今度はバスがスリップしぬかるんだ路肩にスタックしてしまう。



ガタガタ揺れる車内に比べ、バスの外のボリビアの高原地帯は晴れ渡り、
気持ちよい空気。揺れないだけ猛烈な頭痛はやり過ごせるけれど、
バスを救い出すお手伝いパワーは一切湧いてこない。。。

バスを降り、待ちぼうけな乗客の中に気分が悪そうな人もいるけれど、
どうやら自分が一番参ってしまっているようだ。嗚呼情けない。

ここで2時間弱停滞し、1時間ほど走ってようやくウユニに到着。
時刻は午前11時前。

停車したバスの前に待ち構えていた旅行会社のオバサンに、
促されるがまま、旅行会社で翌日のウユニツアーの予約をし、
脇のホテルに宿泊。

コパカバーナとラパスでの乗り継ぎがあったけれど、約26時間半の
行程。ふぅ。。ハードな日程が原因とはいえ、旅人生でワースト3に
入るであろう辛いバス旅行だった。。

嗚呼、無理は禁物だぜ。


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