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ポンペイ島 Pohnpei ナン・マトール遺跡と王様



ポンペイ島 Pohnpei ナン・マトール遺跡と王様

レナさんという五歳くらい年上の島の方にナン・マトール遺跡を案内して
いただく。このレナさん。高校3年生の頃、島を出て、その後はアメリカ
に25年以上住んでいたため、英語が堪能。島を客観的に捉え、且つアメ
リカという国にもいろいろ思う所があるようで会話の隅々で話が合う。



祖父が日本人、父親が厳格な教師という家だったこともあり、非常に厳
しく育てられたそうで、食事の際にほんの一粒でもご飯を残そうモノな
ら、こっぴどく叱られたそうだ。。



自分の知る五歳上くらいの人でも、ここまで厳格に育てられた人はそう多
くないのでは?と思う。彼女が運転する車が走るのはジャングルの中。な
んだか不思議な感じだ。厳格な家に嫌気が差し、若くして島を出たのか?
そしてこの歳になってどうして戻ってきたのか?など、いろんなことを考
えてしまう。



途中、滝に寄ってマイナスイオンを注入し、ナン・マトール遺跡前の集落
で青年のガイドが加わる。どうやら、レナさんはナン・マトールにまだ詳
しくないようなのだ。。さて、その集落。そこかしこで、東屋のような屋
根だけ壁無しの建物で石を焼いている光景を見かける。近くでバナナの葉
を切りそろえていたから、南の島名物の焼石ぶち込み地下蒸し焼きかな?
と思う。レナさんに尋ねるとそうだと答えてくれる。





さて、ナン・マトール遺跡へ、「天と地の間」という意味のこの遺跡は、
13世紀から15世紀に築かれた巨石を積み重ねて築かれた、水の中の都市
ともいえる不思議な場所だ。wikiによると、総面積40m2の92の人工島か
らなり、伝承によると行政、儀礼、埋葬などそれぞれの島で機能分担して
いたと言われる。。。と書かれている。





遺跡はジャングルの中にある、ささやかな都市囲壁の門跡のような場所か
ら始まり、徐々にジャングルがマングローブの湿地になり、石組みがそこ
かしこに。。。などと思っているとマングローブの湿地がひらけ、海の水
をひいた入り江のような場所に出る。この入り江がよく見ると水路のよう
にきっちりとひかれている。そんな様子に感心しているとひときわ大きな
巨石構造物が現れる。




が、なんだかレナさんの様子がおかしい。夜は空港近くのビーチのバーで
荒くれどもの相手もするし、今日だって缶コーヒーにたばこと、なかなか
気っぷの良いサバサバした感じだったのに。。なんだか腰が引けている。
どうしたの?と聞く前にレナさんが、少し遅れて歩いていた自分の所に戻
り、「運び屋さん、あそこにいるのはこの島の王様です。くれぐれも粗相
のないようにお願いします。」何て言ってくる。半袖半ズボンにサンダル
で粗相も正装も無いのだけど、笑っちゃうくらいヘコヘコと王様と王妃に
頭を下げるものだから、こちらもヘヘェ。。と畏まる。



王様は、自分を日本人と知って本郷で日本語を少し勉強したことがある、
「こんにちわ、どこからいらっしゃいましたか」なんて言葉を掛けてくだ
さり、ナン・マトール最大の中心構造物が、水路で隔てられているため、
橋代わりに船を操ってくださる。。





にこやかに手を振ってくださった王様と王妃に頭を下げ、巨石構造物の裏
手に。胸をなで下ろすレナさんの様子が面白い。話してみれば、なんと彼
女のお父さんのご兄弟、いわゆる日本の血をひいたオジサンが次の王位継
承者だったりするらしいのだけど、彼女は欧米生活が長く、王様に対して
の作法や言葉遣いがままならないらしく、どうもドギマギしてしまうよう
なのだ。。



ナン・マトール遺跡の中心、ナン・タワシと呼ばれる宮殿や墓、牢屋など
がまとまった区画を歩いてみる。

これまたwikiからの抜粋なのだけれど、「伝承や遺物の検証からすると政
治・宗教の拠点となった水城であったと考えられる。」とある。水路を活
用した区画分けや、区画が橋などで連結していないことなんかは、確かに
「水城」を感じさせるし、石を組み上げた壁が上部が下部よりも突き出て
いる形状は、石垣のそりや、武者返しなんかを連想させる。



うーん、「世界の城」の項に別途アップデートするか。

外壁をぐるりと回り、元に戻るといつの間にか王様と王妃は姿を消してお
り、あれれなんて言いつつ来た道を戻る。先ほども少し時間を過ごした集
落で何かレナさんが話してるなぁと思ったら、王様にもう一度会いに行こ
う!とのこと。王様にひたすら恐縮しているレナさんだけど、こういう機
会はあんまり無いんだから、是非!と気を利かせてくれているようだ。。

集落の片隅の王様の家(宮殿?)でもう一度王様に会い、ルーツが広島で
ある。。なんていうことを改めて話す。あれ?王様も日本人の血をひいて
いるの?ちょっと話しがこんがらがってしまったけど、すごく親切にして
いただく。なんだか写真まで撮らせて頂く。。。不敬罪でサメの餌にされ
たりしないだろうか。。。

ポナペイにはもちろん、州政府があり形式上のポナペイのトップや行政の
機能もあるようなのだけど、この王様がNOと言えば何も前に進まなかっ
たりと、絶大な権力があるそうだ。絶大な余り、王様がアレが欲しいコレ
が欲しいと言ってしまうと、周囲がどんなことがあっても叶えてしまうよ
うなところもあるのだけど、現在の王様はそんな暴君的振る舞いはせず、
穏やかに、されど鋭く島を見守る存在で、人々に尊敬されているそうだ。





ポナペイを時計に例えると、中心都市コロニアや空港があるのが時計の
12時の位置。遺跡は4時の位置にあり、ある首都機能のあるパリキールは、
10時の位置。そこまでノンビリスピードでドライブする。たわわに実を
つけたマンゴーの木が目立つ。



首都は、まあこんなもんかなぁという感じ。警察機構は島の海域の警備同
様オーストラリアが深く関わっているようだった。



島を一周する道路沿いには濃淡はあるものの人の営みが絶えずあり、豪邸
はないけれど、自然に育まれた豊かな生活をしているように映る。なんだ
かこの島は、山と海の恵みの育みを感じさせるモノがある。

いい島だなぁ。



ポンペイ島 Pohnpei コロニア近郊と魚釣り編



ポンペイ島 Pohnpei コロニア近郊と魚釣り編

場所 Google Map


ポンペイ島の空港は環礁内の小さな島に建設されているのだけど、島の中
心都市コロニアと橋、というか土堤で繋がれている。町までは乗り合いタ
クシーで1ドル。安い宿がないので少々物価が心配だったのだけど、ひと
安心。


日本軍の戦車のキャタピラでしょうか?

ホテルはテレコムの裏にあるYVONNE'S HOTELというしっかりした宿。
1泊55ドルながら、清潔、冷房、ホットシャワーとしっかりした設備。冷
房とホットシャワーが無くてよいから、30ドルくらいのホテルがあれば良
いのになぁ。。


DHLは空港の近く

ま、その辺はよしとして宿のあるコロニアを歩いてみる。

中心都市、コロニアはその名が示すとおり、スペイン人が拓いた町。高い
建物も無い。湿気と強い日差しに焼けくすんだビルは4階程度が最高
じゃないのかな?背後に豊かなジャングルを抱え、なだらかな斜面沿
いに横たわる町の横町からは、キャッキャと子供の声が聞こえてくる。



スペイン統治時代の名残は、町の中心に今も残る都市囲壁や、主食であ
る米のことをアロッゾと言うように、言葉として残っている。

航海者が太平洋などで散見する航海者からの疫病感染で島民の激減の人口
が激減したり、スペイン統治時代は、受難の時期のように映る。スペイン
を引き継いだドイツの統治も100%上手かったか?というとそうともいえ
なかった様子。これまた大規模な反乱なども起きている。



さーて、そして大日本帝国。

最終的に米国との戦争の場にしてしまったのだから、何も言えないのだけ
れど、それなりの施政が行われたからか、島の人は有り難いことに日本か
らの旅人の笑顔に笑顔を返してくれる人ばかり。日本統治時代、1万人程
いたと言われる日本の人々や戦後のJICA等の尽力の証だろうか?と思った
りする。


この門も日本統治時代のもののように感じる。

太平洋戦争中、ポナペイ島はトラック島同様、制海権、制空権を手にした
米軍は、グアムやサイパンを目指したため、ポナペイはスルーされる。
その為、玉砕の憂き目にも遭っておらず、この島には日本兵が屍を累々と
重ねたという歴史が幸運にもない。。。。だからこそ。。

おっと、町をぶらぶらする話しを書くんだった。。。



スペイン統治時代の都市囲壁の側に、WALL MARTがある。

なかなか大きいお店なので、島の流通や小売業のジャイアント!かもしれ
ないけれど、WAL☆MARTのパクリではない。だって、Spanish Wallの
真横にあるんだもんなぁ。。

で、そのWALL MART。


タクアン・アメダマは、ポナペの言葉に吸収された日本語

なかなかの品揃えの食料品に中国雑貨商店とスナックバーを加えた複合商
業施設!になっている。嬉しいのは、キッコーマンの醤油が1/2ガロンが
並んでいたり、豆腐や味噌、漬け物と行った食材が吃驚するほど豊富なこ
と。JICAや水産商社の人々が多いかもしれないけれど、とても喰い切れる
量ではない。多分、この島の人が食べるんだろうなぁ。この島でちょっと
したキッチンがあって、安い宿があれば何の不自由もなく生活できると
感じる。


2.5ドル

で、そのWALL MARTの中に、ご飯に湯煎で暖めた煮物や、焼き魚をポン
と乗せたべさせるスナックバー兼軽食コーナーがあったのだけど、そこに
は、ほどよい温度で冷やされた刺身が、置いてあり2.5ドルで売っている。
島では会計時に付加されるタックスがかからないので、ほんの250円弱で
刺身でお腹いっぱいになれる。。250円で鮪の刺身をたっぷり食える国な
んてあったかなぁ?

この国ではSUSHIという言葉より、SASHIMIという言葉の方が一般的。
旅行しながら、訪れた国の料理をモリモリ頂くのは旅の楽しみの一つ。
その国の印象を大きく左右する大きなファクターだけど、ポナペイは
名物で、かつ一般的な料理が近海物のマグロの刺身。良い国でしょ?

魚屋さんで値段は聞かなかったけれど、タオル一枚をぱちゃっと敷い
ただけのトランクに、鮪や鰹をボンボコ乗せたり、空港のチェックイン
荷物の1/3位がクーラーボックスで、中身が魚だったのに納得。



そんな豊富な魚ども!に勇気づけられ、空港の近くのビーチへ釣りに!

ビーチと言っても砂浜は限られ、遠浅な砂浜にはごつごつしたリーフが
混ざっている感じ。。。適当に投げてるとくくっとアタリそのまま巻き
上げると、なんだか大きな口を広げた小さなハタの仲間?が釣れる。



お、釣り馬鹿ガクさんに、出発前に教わったとおりだ。ただ、その後
が続かない。。。

暗くなる前にホテルに戻ってしまったが、翌日ビーチのそばに住む人
に聞くと、どうやら暗くなる頃が釣れるらしい。。。

ということで、翌日は日が暮れる頃を狙って再出撃!。。。。

釣果は。。。



40センチくらいのヒラアジ?2匹と、大きなアジの仲間。





魚が追いかけてくる気配を感じていたので、ルアーを気合いで投げ続
けて良かったぁ。。。ガッツーンと喰われる感覚が堪らない。ライト
タックルなので冷や冷やしたけれど、近くで見ていた人も喜んでくれ、
釣り上げた魚も持って行ってくれた。





宿に戻って食べたのは、ヒラアジならぬ近海マグロだったのだけど、
何故か自分が釣り上げた魚を食っているような。。。

満ち足りた気分だった。。。

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