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パラオのオカッパリ

IMGP6316 のコピー.JPG

パラオのオカッパリ

今回は、時間を逆戻り形式のアップデート。日本が大変な時期に釣りなんぞしてすいません。

4日目

朝5時から果敢に竿を振るものの、朝マヅメのチャンスに1つもアタリは無し。ガクさんは、60センチオーバーのGTを本日も釣り上げるが、こちらは昨日の調子を引きずってイマイチな状況。ポイントを移動して小さなメッキを釣り上げるものの、渋い状況が続き、これでパラオでの釣りも納竿かと。。。考えていた矢先に

ガッッツーーン!

というアタリ。がっちりとあわせ、さあ勝負だぜうぉれや!!

と意気込んだところでバチーンと糸が切れる。。。。ううううううあぁだががせこあがs3えあ!

結束の甘さもあるけれど、ドラグを締めすぎていた。ライトめのタックルで大きいのがかかると、気が緩んでいた箇所に全ての負荷がかかり、獲物を取り逃がす。

その後、気を取り直してルアーを投げるが万事休す。パラオの釣りが終わる。

3日目

この日は、パラオの観光も考えていたので午前に勝負をかける。いつものミノーへの反応が悪いので、ガクさんにポッパーをかりて、ゴボゴボと水面を泡立たせる。入れ!捕食のスイッチ!

日差しが照りつけ諦めかけてたその時に、

ガッッツーーン!

というアタリ。がっちりとあわせ、さあ勝負だぜうぉれや!!

と意気込み、針がかりさせようと、竿を振った直後にバチーンと糸が切れる。。。。ううううううあぁだががせこあがs3えあ!

IMGP6329 のコピー.JPG

2日目

北の港に出かける。素晴らしいロケーションの中での釣りに浮かれる。

が、透明度が高いのとプレッシャーがきついのか、青い戦慄でお馴染みのカスミアジがルアーを追ってくるが、なかなか魚をかけることができない。ようやくフエダイの仲間を2匹ほど釣り上げる。


1日目

Google Mapでめぼしいポイントを数カ所決めていたのだけれど、いきなり小さなカマスとメッキが釣れる。南の島でいろいろ釣りをしてきたけれど、パラオの釣りの幸先は上々。

一つ目のポイントでの反応が悪くなったので、二つ目のポイントへ。

条件としては一番かと思っていた場所の一投目に。。。

ガッッツーーン!

というアタリ。ライト目のタックルなので、ドラグが軋んでラインがどんどんと出て行き、竿がユインユインと曲がる。食われた直後のピンチを凌いだものの、手強い!沖へ走るのを止めたものの、巻き上げも一苦労。ライトタックルなので魚と互角で楽しいのだけれど、結束などの大事な箇所が素人なので、冷や冷や。

で、ようやく魚を引き寄せたところで。。。逃げられる。。。というパターンなのだけれど、なんとか岸辺に寄せて。。。

無事!


IMGP6291.JPG
若干パンチラでやんす。

GT(or オニヒラ?)ゲット!50センチくらい!

魚好きなパラオの人に魚は進呈のキャッチアンドイート。

ということで、今回のパラオ釣りは「いきなりクライマックス」となり、後半戦は悔しい思いばかりでした。

ということで、ダイビングも戦跡巡りもせず、ただひたすら陸っぱりで頑張ったパラオの旅はコレにて終了。帰国だ。

関東無宿人グループ0の運び屋が、帰国中に穀潰しにならないよう、最終日にパラオの人にどん引きされない程度に食料やらを買い込む。今回の日本帰国時は、こちらで購入したモノで凌ぎ、食事自給率は0%にする予定。

でも、経済を回すには外食産業に貢献する事だって必要だろうし。。どうしたらいいんだろう。日本に戻って情報やらを再度集めて方向性を決めて行くことにする。


コロール / Koror



コロール / Koror

空港近くの米国大使館もコロール市内の旗も半旗。

パラオの人と少し会話を交わす度に「日本の何処から来た、家族は大丈夫?」と暖かい声をかけられる。中には、「パラオでゆっくりしなさいよ」なんて声をかけてくれる方もいる。

ただ、こういう時のコミュニケーションというのは、「なんでこの時期にのほほんと旅しているの?」というバイアスがお互いにかかってしまい、僅かながらギクシャクしてしまう。

今回の東日本大地震は、日本にとっても未曾有な被害だけれど、大きな戦争や災厄を経験していない人にとっても最大級の惨事なのかもしれない。インドネシア沖の大地震ももちろん酷かったけれど。

普段のコロールにどのくらい日本人がいるのかは分からないけれど、目の前の大規模ホテルから覇気は感じられない。たまにすれ違う日本人の表情も南の島に来ましたよ!感はない。ぬぅ。

コロールの町のはずれにある国立博物館を訪れる。

日本統治のパラオでのあれこれ、ペリリューの戦いなど、パラオにおける日本統治は美談として取り上げられる部分もあるし、自分としてもそちら側の視座に立っていた。が、現地を歩くと、やはり大きな戦争にパラオを巻き込み、米軍の空爆や地上戦、それに伴う飢餓や苦しみといった塗炭の苦しみをパラオの人々にもたらしてしまった事は否めない。

博物館を歴史書に置き換えると、博物館の展示物とそこに展示されているパラオ誌はアメリカ寄りの「史書」であることは否めないし、現在のパラオは親日的と言っていいとは思うけれど、スペイン、ドイツ、日本、そしてアメリカ。そのどれが良いとか悪いという以前に、知らなくてはならない歴史や現実があるなとも思う。

ぬぅー!

なんだか、下向き矢印気味、典型的な「こういう時期にそんな事をアップせず」ともな。。。テンション低めなアップデートになってしまいましたが。。。

パラオの人々が、私のような阿呆な旅行者にも非常に親切で、繰り返しになりますが、幾度となく日本の被災者に笑顔と慈しみの言葉を頂いています。ありがとうパラオの人達!

本日は釣りはお休みして、日本の友人に無駄に少額のスタンプを複数貼って、努めて呑気な絵葉書を作成し、短い言葉を添えて送付。

さて、明日はテンション上げていきます。釣果報告などをアップデート予定!

明後日は日本!

Ngetbong



Ngetbong

パラオ本島は第一次大戦後ドイツ領を引き継いだ、日本統治時代の遺構が少なくありません。朽ちかけた埠頭や基部だけになった積み出し基地など、作られてから70年以上経った日本が残っています。

島の北部には、リン鉱石?と真水を積み出した港があり、一緒に魚釣りをしたオバサンの祖父が日本人。そういう方が、パラオには沢山いらっしゃいます。

写真は、島の北東のNgetbongにある建物の跡。弾痕跡が生々しい。中島敦もこの埠頭に立った事があるかなぁとか、パラオのどの辺りで先生をやっていたのかなぁ。。としばし思う。


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