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アルビール / Erbil

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アルビール / Erbil

アルビール(エルビルとかイルビルとかイロイロですが今後アルビールに統一)に到着した。この町が安全である事は広く旅行者に知られておいるけれど、評判通り。物盗り系から争乱騒擾まで、一切危険やトラブルを感じさせるような事態は起こらなかったし、予感すらしなかった。

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ただ、万が一体調を崩したり、パスポートを紛失するような事があると、バグダードの日本大使館に面倒を見てもらわなければならず、多大な迷惑をおかけする事になるので、観光は真昼の町歩きとホテル近くでの食事のみにし、ささっと観光をしてサッカーを観て絵葉書を送って退散です。

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人なつっこいアルビールの人達に何度も写真を一緒に撮るよう頼まれたり、色鮮やかな市場で今度は自分が写真を撮ろうとすると、オヤジが「おう撮れ!」と言ってくれたり気持ちの良い人ばかり。この町を訪れた国内外の旅行者の皆さんが受けた好印象そのまま。笑顔に笑顔が返ってきて、写真を撮っているだけで楽しくなるような町なんて久しぶりだなぁ。

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アルビールの城内で修復作業に当たるオジサン


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IRAQI KURDISTAN REGIONの表記が

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豊富な石油資源を背景に、高級車がバシバシ走っていたりするし、前回空港泊したときは、ネパール人が掃除夫として働かされていたけれど、アルビールの市場にはオヤジが屋台を並べ声を上げて野菜を売り、それを買い求めるのは民族衣装を身に纏った女性。決して少数派ではないアラブ系のイラク人も気楽にやっているのも印象に残りました。

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イラククルドの民族衣装。トルコクルドと若干異なります。

富の偏在はあるだろうけど、お金がそこそこあって、自分達で汗水流して働いている町ってのは楽しい。色鮮やかで輝いてました。いい町ですよ!

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残念ながら食事は貧弱だった。トルコからやってきたので、ギャップが激しい。

クルド系イラク人の旅行者は、「アルビール以外のクルディスタンの町もまだまだ完全に平穏とは言えない」とい言っていたし、スタジアムで少し話したアラブ系イラク人のサポーターは「バグダードは戦場だよ。何十年戦争やってるんだろうねイラクは。。。」と呟き、言葉を返せなかったりしたのが本当に残念。僕のような旅行者の言葉に重みなんて無いけれど、平和がこの地に広がりますように。


ディヤルバクル - カピリ&ザホ国境 - アルビール / DiYARBAKIR - Kapili&Zakho Border - Erbil

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乗ったのはこのバスじゃないんだけど、西瓜と城壁のロゴを撮ろうとしたらオジサンがドアを閉めてくれたw

ディヤルバクル - カピリ&ザホ国境 - アルビール / DiYARBAKIR - Kapili&Zakho Border - Erbil

イラクのクルド自治区への玄関口はシロピ/Silopiとばかり思っていたけれど、ディヤルバクルからアルビール直行のバスが出ているという情報が日本人旅行者の方のホームページに載っている。ディヤルバクルのオトガル(バスターミナルの事)は町から離れており、中心部のバス会社の代理店を当たってみると、VestVanTurという会社が、情報の通り毎日午前11時にアルビール行きを出しているとの事。迷わず購入75L。日本円で4,000円弱といったところ。

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チケットの時間通りにオトガルに向かい、バス会社のカウンターで出発げーとやらを確認しようとすると。「英語出来る?」とカウンターのオヤジ。なんだかカウンターのモニターを指さされ、パソコンのモニターにオヤジが何やらトルコ語を入力すると。英語で、

「The Bus from Erbil delayed at border」

と表示され、もう一度入力すると今度は

「Departure Time 13:30」

と表示される。英土翻訳サイト経由なのだろうけど、そのやり取りが面白かったので許す。こうみえても西アフリカ帰り。2時間位のバスの遅れにはビクともしないッス。

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トルコでは、その辺のお兄ちゃんだけでなく、よく子供連れのお父さんに写真を子供と撮らせてください。。。と声をかけられる。お父さんにカメラを向けられなんかかしこまってる俺。

大荷物をカウンターに預け、ロカンタで早すぎる飯を注入し、無線ランを拾って、ブログのアップデートやら。350円程度で3時間くらいつなげるのが有り難い。さっきの翻訳ソフトといい、程よい価格の無線ランなど、トルコはどんどん変わってくなぁ。物価は高くなったというものの、円高のおかげで、今回の旅ではレストランやロカンタの食事が少し高く感じるくらいだった。睡眠薬やらATMやらの騙しなど、警戒しなきゃいけない箇所はあるけれど、概ね旅はし易いと思う。

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途中のドライブインでまた食事。

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あ、この国境へのトラックの車列は、背後の山並みと併せ、NHK特集で見たぞ。

結局2時前に出発したバスは、Batman/Midyat/Silopiを経由してトルコ側の国境、Kapili/カピリに到着。国境が夕方の休み時間か何かで一時的にしまっており、時間を取られるものの無事トルコを出国する。

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通過待ちの車列の中に同じ方のルノーに分乗した恰幅のよい集団がいたのだけれど、民間軍事会社の方々の臭いがプンプンする。所謂傭兵かなあ。米軍が使っているものと同じ、迷彩カラーが真っ黒になっただけの厚みのあるバックパック、丸坊主か短髪の頭にはサングラス。言葉少なめながらどこか粗野な感じなど。印象先行が過ぎるかもしれないけれど、建設ラッシュで湧くイラクへ向かう建設労働者にはどうしてもみえない。

ウェルカムなクルディスタンイラク側のイミグレーションで無事10日間の入国許可を受け、バスへ。イミグレの建物の近くで先ほどの男達がひとかたまりになっているのが気になる。

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が、このあたりで睡魔に襲われ意識が遠のきはじめ、ザホの町で給油中に少し買い物をして、バスに戻った記憶が最後。途中の町で少しずつ乗客が少なくなったような気がしたものの、終着のエルビルまでずっと寝てました。アルビール到着は夜中の2時。

バス会社近くのホテルは満室だったので、タクシーを捕まえて適当なホテルに突っ込んでもらう。70ドル/1泊。

クルディスタンイラクの空港で感じた事やら。

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クルディスタンイラクの空港で感じた事やら。

見た事、聞いた事、感じた事を、ザーッと。

ドバイから飛んで来ると、非常に世俗的なムスリムな印象を受ける。空港職員はクルド系がいからか、もともとイラで比較的世俗的な政権が続いたからか、女性の髪出しは各自に任せると行った印象。アザーンも流れなければ、メッカに向かってお祈りする事にも熱心で無い。髪を出し、体のラインをプリンプリンな何処かへ旅立つ女性と、その知り合いなのか、空港セキュリティーの色男が、ガッチリ握手をしてから立ち話をしていた。どういう関係なんだろう?

クルド人自治区での民族構成はアラブ系半分、クルド系半分といったところらしく、空港などの職員はクルド系が多め。クルド系のお姉さんが、砂漠や乾燥が強い場所は「アラブの土地」と呼び、そこにエルビルの町が含まれ、砂嵐がおこるような、エルビル市内やその周辺の乾燥地帯より、寒くとも緑が広がる高原の方が住み心地が良いと言う。夢も希望も破れたわけじゃないのだけど、やっぱり山が近い所がいいわ。なんて遠い目をして言う、東京砂漠在住の山岳長野美人みたいな感じ。あ、適当な印象です。

クルド族は、トルコ、アラブ、ペルシャに挟まれ、各民族国家に支配された人々だけど、世俗的な印象、顔出し髪出しの女性、顔立ちなどからするとクルドを囲む3つの多数派民族の中ではトルコに一番近いと感じる。

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まぁ、そもそもトルコだってアタチュルクみたいなかなりヨーロッパ度合いの強いトルコ人などもいたりで多様なため、何がトルコと言い切るのは難しいけれど、アラブ人とペルシャ人とは一線を画している、「中央アジア人」といった印象を受けるからかな?

まぁ、そういった意味でやっぱりトルコに近い。現在トルコの領土となっているクルド人は快く思わないかもしれないが。

いずれにせよ、ユーラシアに散らばる「トルコ系諸族」といった顔立ちで、トルコ、コーカサス、中央アジアなんかの匂いがビンビン来る。

剽悍な雰囲気を身に纏いつつも、北暇さえあれば民族系の音楽を携帯から流し、歌を歌ってくれる所なんかは、気のよいウィグル人やウズベク人みたい。音楽だけではアラブ系かトルコ系かきっちり判断する事はできなかったけれど、ドンブラのような弦楽器を使う様子。イイ!

クルド系の多い空港警察びスタッフ同士は、年齢や階級の差などはあまり気にせずにじゃれ合って、時々強烈な肩パン!やバチーンと大きな音を立てる握手をしたりと、明らかに人同士の触れ合い方がアラブとは違う雰囲気。上長が特別なのかもしれないけれど、長幼の序、みたいなガチガチした上下関係が希薄に感じられる。

NHKのトルコクルドの特集でも、トルコの圧政により途絶えかけたクルドの文化を復興させる運動や努力が出ていたけれど、古いクルド語話者や、クルド語の民謡を歌う事のできる老人に対して、村の若者が、さほど緊張せず、友人に接するように語りかけ、文化を学び受けるなんて光景があったが、それを連想した。

また、家族的の結束が強過ぎたり、結婚費用などが馬鹿にならず、晩婚化なども問題になっているようだった。直接関係あるか分からないけれど、ゲイのカップル(空港警察です)が恥ずかしげもなく、空港警察の休憩所で転がって抱き合っていたりする光景も。

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いつまでも出発せず、出入国審査場を行き来する怪しいアジア人が気にかかり、掃除のスタッフなどに話しかけられて言葉を交わすようになったが、彼らはクルドでもアラブ人でもなくスリランカ人。空港のカフェはではフィリピン人が働いていた。入国も出国もうまく行かずに空港で2泊する事になった自分に義憤か同情を感じたのかスリランカ人のうちの一人が、

「この国のビザの問題は難しい、そして外国人にとってまだ安全とは言えない。」

なんて言う。

詳しく話すと、スリランカ人労働者が交通事故死しても、死体がどこかに持ち(連れ)去られ、何週間も経ってから発見され、まともに捜査もされないとのことだった。カフェで働くフィリピン人は暢気なものだったけれど、掃除夫のスリランカ人はひたすら年季が明けるのを待っているといった感じで、なんだか気の毒だった。

市街や市場を見て、人々の暮らし向きや物価の実情なんかを見ることができれば良かったのだけれど。空港でふらついた感じでは、クルディスタンイラクでは、キルクークのような世界有数の油田があるからか、豊かな暮らし向きなのかもしれない。単純労働を南アジアの人々に任せているようで、スリランカやフィリピン以外にも中国人やネパール人がお仕事していた。

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旅能力の低下や情勢の変化もあって、非常に消化不良に終わってしまい、旅的にはほとんど何も残せなかった中東をおさらばすることにする。言い訳しても仕方が無い、次回きっちりオトシマエを付けに戻ってきます。

マイナー国訪問の比重が高くなってきて以来、思うように旅が進まず頭が痛い。全ての国に行きたいぜ!とハードルを上げた事で、思いもつかなかったような場所に突っ込んでいけたりと、それはそれで楽しさもあるし、今までの旅の積み重ねが決して小さくない実感はある。けれど、自分自身の旅能力や、物事への興味はなんだか削られ気味の低下気味。「何やってる俺?」感はつのるばかり。

ゴールテープを切った所で、自分自身の阿呆な部分や、しょうもない箇所が生まれ変わるわけもないってのが目に見えてて。。萎える!

まあ、こんな生活になる前も、このまま会社で働くのも無理だろう、そんな人生なんて。。。なんて思っていたのだから、同じか。

さて、時々発症するグダグダ自己嫌悪症候群の書きちらしはこのくらいにして、いざ出発!

ま、そんな自分を慮ってか、空港警察(入国管理担当)の皆さんは非常に優しく、入国は許可してくれなかったけれど、空港の中は自由に動かせてくれるし、2泊も詰め所に泊まらせてくれるし、空気を吸わせてくれたり、出国審査だけはしてくたり。。。

そして出国スタンプを押してくれたり!

本当にお世話になりました。アリガトウ。


入国できなかったけど、出国はできたw

さて、ルフトハンザでフランクフルトへ!

*敢えてウィキとかを読まないで感じた事を書いてみました!間違い探しがてら、クルドやトルコのあたりの事を勉強してみては?面白いっすよ!

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