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半世紀以上前の機内誌が出てきたぜ。

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半世紀以上前の機内誌が出てきたぜ。

いつも地図を売ってくれる大井競馬場フリマのおじさんは、大阪や京都の古地図を売ろうとしてくるが値段が合わない。もう少し見てからまた来るよ。。。と断ってから帰り際に戻り、

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「ごめん、今日はこれから旅仲間とハンガリーランチ、予算的に金が厳しいや」

と声かけようと思ったのが、某有名デパートの社長さんの世界旅行中の思い出の品。流れ流れて大井競馬場に流れ着き、ガラクタだらけの中にキラキラ輝く旅行がらみの商品。骨董というより、旅の歴史資料館に寄贈したほうが良さそうなものだったけど、その中にスイス航空(Swissair)の機内誌、Gazetteがはらり。1960年のNo.8 Issueの新聞風の機内誌。

 

ジェトン / Jeton

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ジェトン / Jeton

最近、成田と東村山を往復しながら身辺整理しており、彼方の倉庫、此方の戸棚に散らばっていた世界各国の通貨/紙幣を纏めたところ、かなりなモノになりました。日本における価値がほぼゼロなのが悲しいところなのですが。。

そんな物を纏めているうちに、出て来たのが、中央アジアやコーカサスの地下鉄を利用する際に切符として使われるジェトン / Jeton。

日本の地下鉄や近郊路線では、距離に応じた金額の切符を買うか、磁気カードで引き落とされるかですが、路線の数も限られる中央アジアやコーカサスの地下鉄の料金は、全路線均一。

駅のキオスクで、ジェトンを購入して自動改札にポン。以上!と非常にシンプル。ま、このジェトンを使用して町歩きしたのは、このブログを始める以前の旅なので、今の現地の状況がどうなのか何とも言えないのですが。

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ウズベキスタンのタシケント、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシのメトロで使用されているものかと思います。

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ブログのアップデート、もっともらしい旅の総括的なことも書きたいのですが、心と体の認知機能の社会復帰が今一歩。世の中そんなに甘くありません。

復調したとしても、散らかった7年近い旅の記憶と記録をツギハギしたり、奇麗にまとめあげるのには、同じくらいの年月を注いでしまいそう。ぬぅ

(気持ちを切り替えて)感動が大きかった国や町、出来事、もしくはあまりにも誤字脱字が多いブログ記事なんかを、ちょこちょことできる範囲で加筆訂正系アップデートして行く予定です。

それすらもできない時は、今回のように、部屋の隅っこから出てくる懐かしい物系のアップデートで誤摩化して行こうかと思ってます!

Yeah!

PANDA EXPRESS B767-300F UPS

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PANDA EXPRESS B767-300F UPS

アメリカのモールとかで見かける中華料理屋ではない。

UPSが前世紀末、中国からパンダを送ったときに使用した機材で、その後もしばらく使っていたはず。1999年に既にUPSは成田に就航しているけれど、このときはボロッボロの747Fで、アンカレッジ→成田→台北だったような気がする。

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昔のロゴの方がいいよね!

UPSに勤務していた頃は、成田の上屋で働いたこともあったけど、尊敬する上司や貨物のプロに囲まれてなかなか楽しかった。安全靴はいて、茶色のユニフォームに身を固め、朝も早よからコンテナからガシガシ貨物をとり下ろしていた頃が懐かしい。2002年頃だから、カラーリングは変わってしまったかもしれないけど、この機材も成田に何度か来ていたはずで、この貨物機で運ばれてきた貨物を捌いていたと思う。感慨深い。

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で、このダイキャストモデルも友人の結婚祝いに差し上げる。先日のカメラ同様、いろいろ曰くを付け、プレゼントのバリューを水増しするという戦術だ。実際のところガラクタ処分なんだけど。。

あ、そうだ!パンダの名前がルンルンとヤンヤンだったはず!新婚さんにはぴったりじゃないか。

FED-5 モスクワオリンピック記念モデル / FED-5 MOSCOW Olympic Model

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FED-5 モスクワオリンピック記念モデル

成田の物置を整理していたら、FED-5が出てきた。ソビエト大使館に勤務していた父が、小学校入学のお祝いにプレゼントしてくれた。というのは嘘で、2005年にユーラシアを縦断したとき、キルギスのビシケクで購入したモノ。

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カメラケースはゾルキーのもの

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小熊のミーシャだったけ? FED−5Bって書いてあります。

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当時のキルギスタンは廃仏毀釈さながらに、ソビエト時代の遺物が投げ売りされていて、こういったレジファインダーや、大型カメラなんかが結構気軽に手に入った。がらくた市にはUSSRの勲章や、ピンバッチといったお決まりのものから暗視スコープなんかが並んでました。

ゾルキー!と叫びながら、カメラ屋を探して回った、キルギスの宿で馬鹿騒ぎをした連中は、ビシケクで出会い、別れ、南アフリカで結婚したり、愛知で樵をしていたり、バリの旅行代理店で働いていたり、成田で乗客の貨物の荷さばきをしていたり、世界中でナイロンたわしを忘れ続けています。

ちなみに、カメラを手に取ると中からコロコロと外れた部品が転がる音。結願記念プレゼントと称し、四国を40日近くかけお遍路したカメラ好きの友人に押しつける予定。ブログ読まれたらサプライズにならないんだけど。。

マック、マック、エムエスエックス / Mac Mac MSX

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マック、マック、エムエスエックス / Mac Mac MSX


危なかった!嘘つき野郎!って事で閻魔大王に舌を抜かれるところだった!

そうそう、僕が始めて手に入れたパソコンは、マックでもシンクパッドでもなく、MSXだった。そう!テレビにつなげるパソコン!初めて”自分で”買ったパソコンはマックだったけど。

MSXはパーソナルコンピューターの裾野を広げるべく、各メーカーが気合いを入れたマシンだったのだけど、家に一台しかテレビがなかったから、パーソナル度は低かったし、使わないときはテレビの脇のヘンな台に乗せられ、レースのテーブル敷きみたいのを被せられてたなぁ。ファミリーベーシックなんてのもあったねぇ。

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あー、いろいろ思い出すなぁ。

そうそう、オヤジが偏屈で我が家の家電はソニー!みたいなクソ信仰があって、MSXのそばに置いてあったビデオは「ベータ」だったなぁ。ったく。友達が持続可能で豊かな性教育の為にとビデオを貸してくれても、はまんないんだよね規格が違って。もう、家族が留守の日に「チャタレー夫人の恋人」を予約録画するしかないよね。

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でも、そもそもMSX全力だった時代(おそらく1986−7年頃)は、アダルトビデオなんてのも珍しいもんだったなぁ、あると言われているけど、見たものはいない。。。見た者は全て闇に葬り去られる。。。といった徳川の埋蔵金というか、門外不出の財宝みたな物だった。

でも、年に数回、財宝のありかを探り当てる勇者がいて、

「みんな!みんな!ななんとなんと!父ちゃんの部屋の押し入れの中から”ポルノ”を発見しました!」

なんていう報告があがり、

その日のうちに、そいつの家行きの弾丸ツアーが組まれ、出かける。

出かけたなぁ。

ま、結局しばらくすると、財宝荒らしがばれて、勇者が父ちゃんにこっぴどく叱られたり、家族会議系性(再)教育されて、財宝までの道が絶たれるんだけど。。



そんなことを思い起こし、マックに落書きする、再出発前の夜。

運び屋のアレレなルーツ / The beginnings of "Courier"

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萩原先生、俺、現福岡市長!

運び屋のアレレなルーツ / The beginnings of "Courier"

実家ディグ2011年夏編。

最終章は、恥ずかしすぎる卒業アルバムのチェック。高校時代は全般的に非常にダサイ格好をしており、私服姿で公開できそうなものはほぼ皆無。

高校1年生の頃までディープダイブすると、出てくるのは

「ケミカルジーンズにメタリカのTシャツ、カメラに向かって中指」

という痛すぎる「俺」ばかり。。。。

それ以前の記憶にはガッチガチに鍵をかけ、当時の「俺」が死ぬ気で記憶の扉を守っているので、そっとしておいてあげましょう。

でも、この年になっても馬鹿をやっていること、初めてマイルに触れたのがいつ頃だったかがわかって面白いですね。さて、画像中心にアップデート。


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運び屋の行く末を暗示するかのようなコラージュ@卒業アルバム。

細めのジーンズにバスケットシューズな俺。。。。。にしても、このコラージュを作成したアルバム委員は先見の明があるなぁ、予言者かよw

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部活の集合写真。ここでもイタイ俺。

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世界一周の前に友人がわざわざオーストラリアに送ってくれた、日経流通新聞のコピー。

1994年7月6日。丁寧な説明と共に「世界一周する前にはいるマイレージプログラムは、アメリカン航空だ!」と教えてくれています。そう、私が初めて加入したマイレージプログラムはアメリカン航空アドバンテージで、申し込んだのはメルボルン!でした!

友人は現在、某航空会社で運行管理者として活躍しています。


90年代中頃のヨーロッパ旅の断片 / Scraps of the European Trip around mid 90'

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90年代中頃のヨーロッパ旅の断片 / Scraps of the European Trip around mid 90'

今回の実家ディグで発見されたネタのでアップデート!

今度はヨーロッパ旅編。

94〜95の年末年始、ヨーロッパをグルりしたのですが、その時の切符やらが偶然出てきたので、アップデート。ポーランドのビザはノルウェーのオスロ、ハンガリーのビザはオーストリアのプラハでとった記憶があります。

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時刻表。真ん中のエアリンガスは利用しませんでしたが、LOTとAUSTRIANを利用し、クラクフからワルシャワを経由し、プラハに飛びました。150ドルくらいだったはず。

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ユーレイルパスフレキシ

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表紙

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滞在許可日数をオーバーした為、ポーランド出国時にワルシャワ空港でビザの取り直しをさせられた。確か50ドル。これはその時の領収書のようなもの。95年始め。

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ザグレブの地図。当時のクロアチアは、セルビアとの戦いが終わっておらず、町は灯火管制がしかれたように静かで、バーのトイレには爆撃されたときの注意事項がかかれたポスターなんかがあった。

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スロベニアやクロアチアの切符。

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ハンガリーに行ったのもこれっきり、94年の12月のスタンプがある。

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オンラインブッキング黎明期やら / Dawn of the on-line booking

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オンラインブッキング黎明期やら / Dawn of the on-line booking

今回の実家ディグで発見されたネタのでアップデート!

今度は航空業界編。

今では当たり前のように、オンラインブッキングで航空券を自分で手配し、ペーパーレスのe-Ticketで発券。深夜の自宅で地球の裏の航空券が買える時代ですが、98/99年頃は薄くはなっていたものの、ABロード経由で旅行代理店に格安航空券をお願いしたりしていた時代。航空券は旅行代理店から郵送されることもあったけれど、予約票を空港のエージェントに提示して、チケットは空港で手渡される。なーんていうのが主流だったかと思う。

ネットの方もまだまだ当たり前でなく、携帯電話は通話とメールがやっと、i-Modeが始まった頃で、携帯はみんな白黒液晶。おにぎりみたいなiMacとかで、のろくさダウンロードされるエロ画像!をノンビリ眺めてました。

ビニール本wをスキャニングしそれをネットに上げる。なんていう職人肌の供給型電脳エロ戦士と、画面上に並んだエロ画像の小さなサムネイルどもを睥睨し、そこから本当にムフフな画像をバシっと選び出す能力に秀でた受け手側のエロ戦士が、夜中の11時からの「テレホタイム」で繋がっていた時代です。

そんな時代の航空会社のリーフレットの内容には、「関西-高雄/クアラルンプール直行便を就航」なんていう記事やらに紛れ、

「インターネット上でのオンラインブッキングを開発中」
「インターネット上でのオンラインブッキングを開始」

なんて言葉がチラホラ。

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わざわざ「オンラインブッキングとは」なんていう丁寧な但し書きも見えます。内容はこんな感じ。

1) ホームページ上のどこからでも、ワールドウェブ・リザベーションに進めます。
2) 登録:お客様の名前、E-mail等を登録します。
3) 予約:14日以上先の予約が可能です。
4) 購入:料金・旅程によってクレジットカードで購入するか、予約のみかを選択します。
5) 支払い:日本国内で発行された指定のクレジットカードがご利用頂けます。
6) 引き渡し:チケット(航空券)はクレジットカードの請求先に郵送されます。
7) その他:座席指定・ホテル・レンタカーの予約も可能です。

同じ頃にフィルムのカメラで撮影した、”香港カーブに侵入しようと機体を傾ける”NWのクラシックジャンボの写真や、フィンランド航空の前世紀の機内誌なんかが出てきたので、そちらも併せてアップデート!

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最後の2枚は関係ないか。。


2011年は東京港開港70周年らしいけど、開港50周年の時にこんなイベントがあった。 / 70th and 50th anniversary of Port TOKYO.

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2011年は東京港開港70周年らしいけど、開港50周年の時にこんなイベントがあった。 / 70th and 50th anniversary of Port TOKYO.

小笠原諸島が世界遺産に指定されたけど、丁度20年前に、小笠原に鯨をみに行きMaxという50周年記念イベントがありました。幸運な事に抽選に補欠で滑り込み、無事辞退者が出て参加。一緒に応募した当時の彼女が落選し、その後の関係に影を落とすという副作用があったものの、春休みなのに船でたどり着いた島は夏休み!という不思議な体験や、美しい海と自然に触れる事が出来たのでした。

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参加した際のパンフレットやら抽選の結果を伝える往復葉書!なんかが今回の実家ディグで発見されたのでアップデート!

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参加費は一応無料なんだけど、保険の費用だか3,000円だけは自己負担。その自己負担の振り込みをした銀行が「埼玉銀行!」ですよ。20年前ッスね!

初めて世界一周したときの航空券の予約票がでてきた。 / The itinerary of my first RTW trip.



初めて世界一周したときの航空券の予約票がでてきた。 / The itinerary of my first RTW trip.

住民票を居候させてもらっている実家に、今回の滞在中に帰り、久しぶりに卒業アルバムやら、手紙やらを読み返してみた。

手紙をまとめた箱に、初めて世界一周をしたときの航空券予約票、旅先の切符、ユーレイルパスなんかをまとめた封筒も入っており、その封筒には「マイレージプログラムとはなんぞや?」「世界一周するならどこかの会社に加入した方が良いぞ!」ということを懇切丁寧に教えてくれた友人のエアメールが添えられていた。

「うぉー」と声に出しながら、少し色あせた紙切れに目を通すと、マイル馬鹿に、バックパッキング、世界一周などなどの原点が詰まっておりタイムトリップしてしまう。

この予約票や旅の断片だけでなく、手紙や卒業アルバムのそこかしこに、芸の出来ない旅芸人のような生活をしている自分の片鱗、阿呆の萌芽がチラホラしておりなかなか面白いので、日本滞在の後半のブログエントリーは、暑い夏の昔振りかえる系でいこうかと思います。

第一弾は、初めての世界一周の予約票!

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13AUG94' メルボルン → 東京  by Qantas
12DEC94'  東京 → ロンドン  by British Airways
07JAN95'  ロンドン → トロント  by British Airways
17JAN95'  トロント → ボストン  by US Air
22JAN95'  ボストン → ロサンゼルス  by US Air
28JAN95'  ロサンゼルス → パペーテ  by Qantas
07FEB95'  パペーテ → オークランド  by Qantas
13FEB95'  オークランド → メルボルン by Qantas

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