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アンタナナリボ / Antanànarìvo

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アンタナナリボ / Antanànarìvo

アンタナナリボ行きの飛行機では、女性の客室乗務員さんにに飲み物と軽食をサーブしてもらった。

その客室乗務員さんが、美しかった。

アフリカでは、貴族のような気品を漂わすセネガル美人、大地の欠片が輝いて弾けるような、ルワンダやウガンダの美人などなど、各地でその魅力にやられてため息をついて来た。東アフリカの国々には足を踏み入れてきて、それなりにいろいろアフリカの美人を見知った気になっていた。

が、

客室乗務員さんは、美しいのだけど、民族的なバックグラウンドが一切イメージできない、僕の辞書にのっていない美しさだった。

数カ国後を操る容姿端麗な女性、アフリカのフラッグキャリア勤務であれば、お父さんやお母さんのルーツが国際的なのも十分ありえるよな。実際、日本に就航している航空会社の乗員さんだって。。。なんて思いこんで、強引に腑に落とした。

そんなエキゾチックな美女に見送られ、飛行機を降りた。

入国審査をして、暗い空港から予約していた宿に向かった。

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すっごい奇麗な方でした。

翌日は、郊外の城塞跡を見物しに、郊外行きのバスターミナルにまずはタクシーで向かう。


アンタナナリボは、丘陵地帯に家々が広がる波打つ町。うねうねと有機的な道が血管のように延び、丘と丘、集落と集落をつないでいる。小さな家々がしが凸凹しながら連なっている。

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そんな道を走りながら、行き交う人や景色を眺める。

目の前の光景が、現実のモノと思えない。

島国とはいえ、アフリカの一部であるはずのマダガスカル。その首都のアンタナナリボをタクシーは走っているはずなのに、背格好、顔立ち、肌の色からして、どう見てもインドネシアや、フィリピンの島々に住んでいるアジア人!そういった人たちが、何のてらいもなく道を往来している。

道を譲ったら「テレマカシ!」と「サラマー!」なんていう言葉が返ってきそう。なんだ?これはなんだ?

見るからにアフリカ人な人もいるけれど、それが大多数、マジョリティーでない。アジア人な人々と、アジアとアフリカが混ざって、国籍不明、アナタは誰?な顔かたちをした人々、それらが混在してる。ぬう。アフリカとアジアが融合してる。

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初めは、経済発展著しい東南アジア諸国が、中国の例に習って、このアフリカの島に、民工のような労働者を送り込んでいるのか?その人たちがまとまって住むエリアなのか?と思った。

けれど、マダガスカルの、見るからにアジアな人々から、民工の人々が身に纏う出稼ぎ臭が漂ってこない。

彼らは、生鮮食料品を道端に並べ、それを買いに来た同じような顔立ちの人たちと言葉を交わしている。身に纏っているのは生活臭で、彼らの親、そのまた親。。。から連綿と繋いできた空気だ。何より、景色から浮き上がらず、混ざりあっている。

でも、ここはマダガスカルだ。アフリカだ。

こんな景色をアフリカはもちろん、世界のどこでも見かけた記憶が無い。

そんな驚きをよそに、乗り合いタクシーは進む。マレー系アジア人?とアフリカ系黒人、その混血といった人の生活の中を走る。

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掘建て小屋に毛が生えたような店が立ち並んでいる。きっちり建てられた商店だって、ささやかで間取りも小さい。そんな果てしない下町といったアンタナナリボに住んでいる人の、人種の混ざりようが途切れない。濃淡はある。けれど、いくら走っても、バスを待っている人や、商店でぼんやりしている人の中に、アジアをルーツしている人が必ずいる。その逆もしかり。



うーん、昨日まで旅していたマヨットやコモロは紛う方ないアフリカだったのに。。。ここまで劇的に変わるかね? 

もう、気になって仕方が無い。

おかげさまでライフワークの城塞見物、アンタナナリボでの観光は端折りに端折り、早々に切り上げる。



急いで宿に戻り、パソコン開いてWikipedia!(笑)

以下。マダガスカルの項の抜粋。

歴史

5世紀頃 ボルネオ島からマレー系の言語を話す人々が到来。今のマダガスカル人の祖先となる。

言語

国語はマレー系のマダガスカル語。ほかにフランス語、英語を公用語とする。フランス語圏の国である。

文化

マダガスカルの文化は他のアフリカ諸国の文化と比べ、インドネシアとの繋がりが大きい。

ぬを!!!

知らなかったなぁ。

ここ数年の旅の中で、間違いなく一番の衝撃。

勉強不足や準備不足で、チャンスを逸したり、手が届かぬ事に地団駄を踏んだり、思うように行かない旅にならず気落ちする事も多い。けれど、このマダガスカルに関しては、下準備もせず、ガイドブックに目を通す事も無かったいわゆる不勉強が、衝撃を大きくしたかな。

四苦八苦しながら目的地を目指し、自分の足で立つ。辿り着いた場所の森羅万象(大げさ?)を五感で受け止める。抱いていたイメージを予備知識を、自分自身で書き換え、自分のモノにしてゆく。

なーんてことに、旅の醍醐味がある。書いてて少し恥ずかしいけれど。



パスポートにハンコを押されるのも、マイルの残高が少しずつ増えてゆくのももちろん嬉しいけれど、予備知識が、辿り着く事によって、自分自身のものになったり、予測だにしなかったことに衝撃を受けたりして、ささやかながら「知識」になってゆく感覚、これは何にも代え難い至福だ。

時に鬱鬱としてしまう長い長い一人旅だけれど、今回のような衝撃、予備知識が、ゴッソリ入れ替わるような感覚というのは、自分自身が違う人間に生まれ変わったような感覚、やはりこれは至福だ。。。なんて言うのは大げさかな?

この感覚を味わうことができるのは、もちろん旅に限った事ではないけれど、学校で社会科系の授業が好きだった人、旅行記で心躍ったりする人、人間が操る言語などに興味がある人なら、この気持ちを分かってくれるのではないかなぁ。。。と思う。



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なーんていう道は、とっくの昔に途絶えてしまった。

けれど、好奇心が時々満たされて、ジンワリする道はまだまだ続いているみたいだ。その道に時々落ちている、今日のような「至福」を拾い食いしながら、これからも旅して行こう。

。。。。

インド人やアラブ人が東へ東へと船を走らせ、大航海時代を経たヨーロッパ人は、喜望峰を越え、東のジパングを目指したetc….

ユーラシアの東の外れの住人の私たちは、文化や文明というものは、海の向こう、西の方からやってくる。。

。。と思っていた俺版「海の歴史」は本日をもって大改訂。

「5世紀頃、ボルネオ島のマレー系の人々が、荒波を越え、インド洋西岸マダガスカルに到着。」

が加筆されました。もう、歴史というより、史劇でドラマでロマンだ。

ボルネオからマダガスカルまでやってくることができるのなら、5世紀頃の日本列島に黒潮にのってやってくる事なんて造作も無かったろうなぁ。



ホテルを出て少し歩くと、アンタナナリボは田植えの季節だった。

なだらかな丘に人が住み、丘が抱いた低地には田んぼがひらかれている。実にアジアな景色だ。成田空港近くでも見かける谷津な光景そのものじゃないか。

稲は、言わずと知れた、インドや東南アジアが原産と言われる植物。

ボルネオからやって来た人が、種もみの入った袋を船に放り込み、この島を目指して漕ぎ出した姿なんかを想像する。その子孫が、田植えをしている。

マダガスカルは、一人当たりの米消費量が世界一な国だそうだ。

*去年9月6日のアップデートを、校正&改訂して再アップ。


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