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半弓道場一周年 その3 初めての秋

 

半弓道場一周年 その4 初めての秋

 

観光客が少なく、週末に限って大雨という、高山にとっては大変な夏だったけれど、半弓道場の存続の危機を回避し、スタッフも早めに一人前になってくれたため、順調にことは進んだと言える。

 

半弓道場を存続させるということを大儀にすれば、赤字にならなければよく、スタッフに任せきりで得たものは未来に使えば良い。自分が年をとった時まで半弓の魅力を発信し続けることができれば、年金がわりに歳を取った時のように先代のように店に立てば良いのだ。。。と割り切ることにして以降は途端に楽になった。

 

9月

 

週末の書き入れ時に限って雨が降るような悩ましい天気ではあるが、店を閉めざるを得ない日が二日ほどあったが、一月が終わる。高山は9月の夕方になると途端に涼しくなる、ふと冬に来客がほとんどいなくなったことを思い出し、高山の農家の方や観光客の方が、ほんと夏によく働くことを思い出す。そう、冬を無事越せるようなある程度の蓄えは気にしなければ。

 

10月

 

平日の来客ががくんと減る。秋の高山祭の営業面でのプラスはなし。9月と比べて1割ほど売り上げが落ちるが、上出来。ドアを開けたいがだんだん冷え込みが厳しくなってくる。さすが高山。

 

11月

 

営業を続けてきたこと、スタッフの頑張りと半弓道場そのものが持っている集客力がどうにか11月の営業を支えた。

 

1年目の秋は一年目の夏に比べて約15%ほど売り上げ面で減速したものの、高山の観光客で唯一伸びているゾーンの外国人旅行者の間に徐々に認知され、そういった外国人旅行者が、外国人旅行者を呼び寄せる流れができ始める。

 

高山の飲み屋街に現れた方々が、ついでに弓を射る。という感じは大事にしていきたいが、地味にパンフレットを宿泊施設に配ったり、宿泊施設のスタッフさんやガイドさんに紹介し続けたことで、直接弓道だけをやりに飲み屋街に現れるようになる。

 

雨が降らない限り黙っていてもなんとかなる休日より、来客の余地もある平日を支える顧客層に訴えかけることをこれからも続けなければ。


半弓道場一周年 その3 初めての夏

 

6月

 

半弓道場を閉める広告掲載を「高山市民時報」へ先代がすすめていたので、引き継ぎの契約を済ませた足でそのまま「市民時報社」に出向き、「いやいややめない、100年続ける」という、半弓道場を続ける広告掲載をお願いし再開業。

 

「続けてくれてありがとうなぁ」

 

という常連さんや「市民時報みた」と言ってくるお客さんがちらほら遊びにきてくれた上、1ヶ月半ぶりに復活した道場を楽しんでくださる待ってました効果もあり、営業面的にも問題のない滑り出しとなる。

見た目もやっていることも一切変わりはないのだけれど、7時ごろから9時までだった営業時間を延ばしたりしたことで、家賃を支払って、的やその他のメンテナンスに時間をかけ、それを誰かに任せたとしても赤字にならないことが見え、ワンオペで回せるスタッフさえいれば(冬場が心配だけれど)半弓道場は100年を目指せる場所であることを確信することになりました。

 

いいぞ、いいぞ!

 

自分自身が客として、お金を払って弓を楽しむことが、この道場で一生できなくなるのが寂しいことくらいが問題な、あっという間の6月、体調を崩された先代も元気になって嬉しい限り。

 

7月

 

6月からの大雨が止まず、市内を流れる宮川が氾濫寸前になるような、雨雨雨。半弓、いや半休どころか全休せざるを得ない状況だった順風満帆な船が外海に出た途端、嵐で激しくかき回されるような2ヶ月目だった。

 

避難警報は出て街は死んだようになるわ、高山線が止まって雨は止んでも、陸の孤島になるわ、停電になるわで、7月の一週目は営業を休む始末。

 

経験上ピンチはチャンスなので、焦らずに身の回りで何が起こるかを観察する月と位置付ける。高山、特に町中は、好むと好まざるとに関わらず、観光客に依存しており、そのお客さんが落とした外貨をどう回すかで将来が決まる町なんだと改めて実感した月だった。

 

そして、外から来た人、高山の人がくっきりしている為、お金を色付けしてもいいと思うくらい、外貨と内貨がはっきりしているこの町の面白さを知った。陸の孤島たる所以。所沢やら国分寺やら立川やら新宿やらの人やお金や労働がグチャグチャになっている故郷、東村山とは大違いだ。

 

8月

 

観光客+帰省客が面白がってきてくれた上、スタッフ二人、各ワンオペ体制が確立した為、精神的にも楽になる。お客さんはありがたいことに来てくださるのだけど、やはり天候に大きく左右される。

 

半弓殺すにゃ刃物は要らぬ 雨の三日も降ればよい

 

最初の3ヶ月、夏の営業で心がけたのは、今まで謎の店だった道場の見える化、敷居を下げる化、オープンドアポリシー化。

 

「かっぱ」「飛騨牛」「PASSION」「和田」「PARADAISE」「AJITO」といった高山の名店が並んでおり、その中に「半弓道場」とあっても、ちょっと洒落を効かせたスナックのようにも見えてしまうところがあったので、営業時は、ドアや窓を全開にし、お客さんがいないときは、模範演技を兼ねて練習したりした。

 

「本当に弓が射てる場所なんですね」

 

というお客様がいらっしゃるようになったし、「10本300円/10ARROWS 300YEN」と書いたことで、恐々と入ってくる外国人も増えるようになった。ごく稀にパブリックな場所になった道場を寂しがったりする方もいたけれど、将来を考えると、そのような形で進めるしかないと覚悟も決めた初めての夏でした。

 

 


半弓道場一周年 その2

 

半弓道場一周年 その2

 

「容易じゃないぞ。。」

「やってみんさい」

 

という言葉をいただき、突然、道場を任され、89年間の長きにわたり続いた地元の方々に愛されていた場所の引き継ぎ事項は、

 

「やればわかる」「好きにして良い」「できるだけ掃除し、道場を綺麗に」

 

の三つのみ。

 

矢のメンテナンスはYoutube先生に習い、的の張替えや書き直しは試行錯誤して会得し、初めてのお客様へも、どうやったら的に当てられるかを日々研究し、道場は維持されています。そういった日々のことに加え、新半弓道場で先代の道場と大きく変わったのは、半弓の見える化と国際化を進めたことくらいです。

 

半弓道場が、ご主人が体調を悪くされたことをきっかけに、店じまいを余儀なくされたのは、

 

高齢のご夫妻による日々の運営の厳しさと、

 

高山の街中の空洞化と同時に起こった常連さんの高齢化と減少
→ 毎日お酒飲みに&半弓に来るようなことはなくなる

 

かと思います。

 

魅力たっぷりの半弓道場とはいえ、昨年の冬や天気の悪い夜はお客さんが私だけの時もあったし、後継者が見当たらないまま最後までやり切って、静かに幕を下ろそうとしていた先代夫妻には、新しいお客さんを呼び込むようなことは、野暮だという気持ちがあったのかもしれません。

 

「容易じゃないぞ。。」

「やってみんさい」

 

という言葉を

 

「容易じゃないぞ。。(今までのやり方だと大変だぞ)」

「やってみんさい(あなたの好きなようにやりなさい)」

 

と、脳内意訳して切り替え、受け継いだ側の経営努力が始まるのですが、静かに幕を下ろそうとしていた先代のスタンスが、そっくりそのまま私にとってギフトになり、引き継ぎ事項に加え、半弓の見える化と国際化を進めることで駆け抜けて来れた一年でした。

 

時計の針を一年前に戻して。。

 

いろいろな話を詰め、先代がまとめてくれた契約書の下書き(それをwordで文章化)提示された条件(家賃他)は、

 

「おぉぅ。そりゃこれくらいだよね。でも、自分が道場に立てば道場は維持できるな。。。ただ、冬がどうかな、人を雇うとどうなるか、ワンオペで行けるかな?」

 

という感じでした。

 

でも、やるしかない。半弓がなくなったら高山にいる意味ないしな。と、6/1にスタートしたのでした。


半弓道場引き継ぎ一周年

 

半弓道場を引き継いで1年が経とうとしています。

 

「やりなよ」という妻、「是非!」と手を上げてくれたスタッフ、地元の方、高山を訪れる様々な人のサポートのおかげで無事開業90年目に突入し、開業100年を考えられるようにまでなりました。

 

このブログを読んでいる段階でご存知の方も多いかもしれませんが、昭和4年、高山に鉄道が来る以前に先代の親父さんが開業し、戦争と敗戦やその後の混乱、高度経済成長も、バブル、平成を乗り越えた90年の歴史が半弓道場にあり、「魂」と言うのは大げさかもしれないけれど、弓を並べる場所や年季の入った道具なんかに、ここだけにしかないモノが宿っています。

 

「山に閉ざされた土地だからこそ、文物、文化が温存されやすく、他の土地にないものが残る。」

 

。。なんてこの特別な場所を位置付け、古い町並み経由で通い、「高山って良いところだなぁ」なんて悦に入って1日を終えていたのが1年と少し前。そして、引き継ぐことになったのが、5月末。引き継いだ上で再開業したのが去年2018年の6月でした。

 

が、高山に移住し、カフェ開業、半弓の継承という2年ほどを振り返ると、自分が住んでいる町内の書店、味噌屋さん、信金が相次い閉店していく厳しい現実を見るにつけ、「文物、文化が温存されやすく、他の土地にないものが高山には残る。」という自分の見解は揺らぎ、90年近くこの道場が続きそれを継承して無事に引き継ぎ一年目を迎えることができるのは、

 

「先代夫婦の経営手腕や経営方針」

 

に筋が通っていたことに尽きると感じています。

 

幸運としか例えようのないものに恵まれ、今がある。嗚呼ありがたや。。。

 

ただし、その経営方針をまるのまま受け継がないことが、時代を乗り切る最善の策だとも感じ、自分やスタッフの存在意義も感じながら、どのように方向転換したか、引き継いだかを振り返りながら書いていこうと思います。


半弓道場も通常モードに

 

半弓道場も通常モードに

 

 

昭和な色合いの飲み屋街に、外国の方に少し経験を積まれた外国のお客様が射ち方のアドバイス。。。怒涛のゴールデンウィークが終わった夜。高山ならではの不思議な空間がかえってきました。

 

GW中にお越しくださった皆様、ありがとうございました。次回の高山では、ぜひ、この不思議な雰囲気も楽しんでください!

 

 

After the flood of Japanese customers disappeared, Hankyu dojo has returned to the mysterious space where foreigner teach how to shoot for another foreigner in Old style bar district in Takayama Japan.


半弓道場でテレビ番組の撮影

 

半弓道場でテレビ番組の撮影

 

何だか、ブログっぽい投稿ですが、芸人の方二人の半弓を楽しむお手伝いをし、そのあと、私の試し打ち、店内の撮影をしていただきました。家にテレビがありませんので、東海地区の方、是非チェックしてくださいね!

 

放送は、4/27のCBCテレビ、花咲タイムスの高山特集の中になります。

どのように料理されるのかはわかりませんが、ぜひご覧ください。

 

Today Nagoya's TV crew coming to recording for program about Takayama.


60年前のストックホルムでのアーチェリー大会に

60年前のストックホルムでのアーチェリー大会に

ペナンの弓道ずきの友人のFBの投稿に、1959年のストックホルムでのアーチェリーワールドカップのYoutubeが上がっており、素敵な音楽に合わせてみていると、日章旗。そのまま見ていると、8:00ごろから日本の弓道の達人が、各国の弓の達人達に和弓を紹介しているシーン。

 

半弓の達人になってはいないけれど、海外の人に見て楽し、やって楽しい半弓を普及させていきたい。


半弓道場のオヤジになりました。

半弓道場のオヤジになりました。

 

高山の陣屋のそばに引っ越して来て、1年が経地、ご近所や、飛騨の方や移住された先輩方も、素敵な方ばかりで楽しい日々です。カフェで自分たちが作ったものやお出ししたものを喜んでいただき、それで暮らしを立てる毎日は、数年前の生活と比べると信じがたく驚きと喜びの連続です。

 

そんな飛騨!高山!の一日を締めるのは。。。

 

朝日町(高山の古くからの歓楽街)の半弓道場!だったのですが、その半弓道場を、ご高齢のご主人に代わって引き継ぐことになりました。

 

半弓道場のような、高山にしか無い物が無くなるということは、地球上から無くなると同義であるだけでなく、昭和4年に開業し、戦争と敗戦やその後の混乱、高度経済成長も、バブルも乗り越え、89年も続いて来た道場を、「ああ、なくなっちゃったね残念(涙)」では片付けられず、

 

半弓道場なしの高山人生は、片腕をもがれるに等しく受け入れることができないと思い、

半弓の道具だけでも高山の外に散逸しないよう、すがるような気持ちでお願いに上がったときの

 

ご主人から

 

「容易じゃないぞ。。」

 

そして、

 

「やってみんさい」

 

という言葉を忘れず、

 

創業100年を目指し、次の時代の飛騨の人々、山を越えてきてくださったお客様に、飛騨、高山の魅力を伝えられるよう精進して行きます。

 

6月からの半弓道場の新オヤジです。至らない点もあるかと思いますが、改めてよろしくお願いいたします。

 

大雨による鉄道の振替輸送など、まだまだ100%の高山ではないですが、是非みなさんいらしてください!


本日の運び屋 七十三点

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本日の運び屋 七十三点


義理の弟が日本への出張のついでに高山に来てくれた。半弓の神様が、日頃の努力に免じてかっこいい義兄さんを演じさせてくれ、記録更新。店のおじさんおばさんも喜んでくれたし、常連の先輩もおー!なんて言ってくれる。

 

半弓自体の面白さや、ジャパンど真ん中!な道場の様子を楽しんでくれた様子だし、1度目から的を射抜いたけれど後が続かなかったり、微調整の難しさなども含めて楽しんでくれたみたいだ。よし、また明日も行こう。

 

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昼間は仕事して、バビューンと出張のレポートを送付。夕方、仕事のきりが良くなると、フラッと妻と酒蔵めぐりに出かけたりしてる。寒くてお客さんが減ったけれど、お客さんが果物や根菜をガシガシ持って来てくださってプライスレスな豊かさを感じてます。

 

さぁ12月!


今日の運び屋 六十九点

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今日の運び屋 六十九点

 

それなりの微調整が聞いてきたので、10本勝負の「入り」の一本目がすごく大事で、落ち着いてから射ないと、後がグダグダになります。

 

1本目は、心を落ち着かせこれまで射ってきた経験で射る、そして、その一矢目の右脇の角度や射角、絞り、弓の引き具合などを記憶して、2本目につなげる。。。

 

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っていうのがうまくいったけど、六十九点だった。

 

一本外さなければ記録更新だったのに。。。

 

前に入っていた旅のお客さんが、隣の的の図星に当て、それ以外は一本も当たらないというミラクルをやったりして、常連さんなんかとの絡みがあった。何人かのうちの一人は、高山と半弓が好きになったはずだ。また来てね。


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