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生き残れ 012

 

生き残れ 012


カフェ、半弓、物販、ファシリテーター

 

 

四つの草鞋を履いてやってきましたが、稼ぎや子育てに難点がある高山の真裏で、ファシリテーターの仕事が冬の柱になり、消費税増、消費の冷え込みなんかを乗り越え、生き残っていけそうな感じがしています。

 

 

Don’t put all your eggs in one basket.

 

 

なんて言えば、聞こえがいいですが、四つの草鞋を合わせてようやく同年齢の平均年収に行くか行かないかです。スタッフに任せている仕事があるため、就労時間の割には稼いでいるかもしれませんが、高山という山奥で輸入業や、海外でのファシリテーターをやることで、お金を稼ぐための移動時間だけは、成田や東京に住んでいた時と比べると長くなり、いいとこ取りはできないなぁ、と思う日々です。

 

 

コントロール不可能な、下請け気味な仕事の比重が多いこともあり、不安をあげたらきりがありませんが、

 

 

貯金も未来もあんまり希望が持てない時や、友達よりも仕事を優先するような道に足を踏み入れ、おっとっとと踏みとどまったことがあったからこそ、何のために仕事をするのかということを妻と共有できていること、これが大きいです。日々、言いたいことやらが出てくるけれど、ぐっとこらえ、なんで今こうしているんだ。。ということに立ち返られているような気がします。

 

 

「言いたいことあるみたいだけど、それ言わないほうが良さそうだね。」

 

 

と、はっきり妻に言われる事もありますが(笑)

 

 

ま、四つも仕事を掛け持ちしていれば、自ずと本気やパワーも分散してしまい、浮き沈みがありますが、常に仕事の入れ替えを意識することなんかよりも、何のために仕事をしているのかが共有できていることが、調整弁になっているような気がしてなりません。


生き残れ 010

 

 

生き残れ 010

 

今日は、ブラック旅館で朝から晩まで、繁忙期は二ヶ月近く休み抜きで働かされて脳梗塞で倒れた上、解雇され、長い入院からようやく復帰した、カフェの常連さんをお出迎えし、ブラック旅館からの荷物の引き取り、市営住宅の入居のサポートな1日だった。

 

 

外面が良いという意味でなく、たまの仕事の休みに、奥飛騨温泉郷の旅館から高山に遊びに来ては、カフェや食堂によっては楽しく過ごし、ホテルの従業員仲間にお土産がてらに、うちのマフィンやチーズケーキをよく買ってきてくれる大事なお客さんで、「働きすぎ/働かされすぎですよ」と何度も話していたのだけれど、最悪な結果になってしまった。

 

 

欲のない人だった分、年を経るにつれて、ブラックな仕事を断れなくなって行った、身につまされるような話を聞きながら、紅葉の道を高山まで降りてきた。ほんの少しのミスで奈落の底に落ちる恐ろしさ、日本社会の脆弱さをまざまざと感じる1日だった。

 

 

市役所のサポートと、びっくりするようなボロさだけれど家賃も激安なところには安心したけれど、人間を使い捨てる社会という問題に向き合わず、なぜそのようなことが起きるかをもっと突き詰めないと、頭のおかしい、恫喝やパワハラだけが取り柄の連中はいなくならないだろうな。

 

 

仕事ができるやつが、率先垂範でリーダーになり、そのチームが生み出す余力を、世のため人のために使うような世の中にしなければいけない。


生き残れ 009

 

生き残れ 009

 

 

半弓道場の事業継承の話が取りまとめられ、事業継承が上手くいった例として何かの冊子になるようで、市内では有名な起業支援や経営支援のコンサルをやっている中小企業診断士の方とお話しした。

 

 

空き家を見つけてそこで新しい商売をする事すら難しい昨今の地方で、

 

 

事業 継承

 

 

という事がいかに難しいか、やってきた方と二人で頭をひねり、ムムムとなってしまった。

 

 

観光都市の高山とはいえ、町の中心部はすっからかんになり、めぼしい空き家はゲストハウスになるのが関の山。辛うじて生き残っている商売は、商売の上手くいっている様な店は少ない。上手くいっているところで地元の生活者と密接な業態は非常に限られる。。。要は、観光客を想定した商売でないと成り立っていない。それでも開いている店の様子を聞いてみると、

 

 

「昔散々稼いで、今は暇つぶしのような感じで店開けてる」

 

 

「この店は稼げないけど、他のテナントを持ってその家賃収入があるから」

 

 

と答えであって答えでない答えが返ってくる。大規模店舗方と地方の過疎化のダブルパンチで、疲弊して、人口が少なくなり、持ちつ持たれつが機能しないとあっという間にこの有様なのである。事業継承を欲しているほとんどの事業者は撤退戦を強いられている上、同業他店が地域内に複数あるような事もあり、それを余所者が継承って。。。。できないですよ。継承どころか重症になりそう。

 

 

なので、半弓のような特異な、変り種(自分で言うのもアレだが)がたまたま根を下ろしたようなケースを、事業継承の好例として載るのはどうかな。。とも感じた。材料にされてもな。。。

 

 

ただ、事業継承とは言わずとも、地方でうまく生き抜くためには、

 

 

「その事業のオンリーワン/ラストワン」

 

 

はキーワードになるかもしれない。カフェも最初っから外国人向けの店と公言していたため、近所の外国人対応が可能でない(もしくは得意でない)カフェとは競合にならなかったし、それでも来店してくださる高山の方は、常連になってくださったと思う。

 

 

また、自分たちでカフェに手を入れ少しずつ仕上げていったのは、「仕事をしている様子を見せる」効果があったような気がする。公私だけが人間の裏表ではないけれど、仕事している時とそうでない時の他人を見ると、良くも悪くもその人のなりがわかったような気になるのだ。人や他人から視線を浴びているときは。。

 

 

打ち合わせ同様、私の中で結論めいたものは出なかったけれど、難しい商売や、アウェイの地で商売を始めるときは、自分でも少し読み返して、軌道修正しながらやっていこうと思う。


生き残れ 008

 

 

生き残れ 008


コンフォートゾーン、居心地のいいところにいてはダメなんです。そこには学びがありませんから。

 

という、コメントを受けて思うところを書いていきます。

 

私が、半弓道場をうまく引き継ぐことができたのは、よそ者でよそ者なりの視点があったからこそ、半弓道場の貴重さに気がつき、スムーズな継承とその後の運営につなげられたと思います。手前味噌な話をするのは嫌なのですが。。その運営がうまくいったことを受け、まち、産官共同の機関、近所のおじさんからインタビューや質問、ヒアリングを受けます。

 

 

が、それを聞いたところで、なんとかしようという気持ちが聞く側の方々に足りないような気がします。まだまだ内向き。城壁や城内をコネコネと整備するのも大事ですが、やっぱり時にはお城を出て行かないと切り開けないんじゃないかな。。果実は得られないのではないかと感じます。

 

 

黙っていれば、作物が実るような時代が終わり、新しい作物を試し食いしたり、遠くへ出かけなくてはいけません。

 

 

地元をなんとかしようという地元愛、コンフォートゾーンを維持しようとする取り組みこそが、地元でのチャンスをつかめなかったり、無自覚にチャンスの芽を潰してるんだよ。未来を閉ざしてるんだよ。。。

 

 

なんてことを考えてしまうのです。そして、今心地よいんです。。。意外と。。気持ちを切り替えて、今いる場所を踊り場と思い、もうひとチャレンジふたチャレンジしていかねば。。

 


生き残れ 007

 

生き残れ 007

 


今年になって生き残れ!度が高くなってきたのは、インドネシアのジャカルタでファシリテーターをし、彼の国の実情と歴史を振り返ってから台湾に向かい、そこで2.28事件とそれ以降の台湾が歩んだ道をゆっくりと考える時間があったからで、日本に戻って度が過ぎた嫌韓に触れるにつけ、それが韓国起因だろうがなかろうが、インドネシアみたいな事が、日本で起こり得ると感じたからです。

 

 

検証、和解、精算

 


私は家族の一員の誰かしらがどこにいても外国人という国際結婚家族なので、直接的なプレッシャーではないものの、特定の国に対してメディアが加担するようにして敵愾心を煽るような状況が薄気味悪いと感じ、警戒します。

 


まだまだ中国大陸と台湾と香港の区別がついていないような人が多いのが現実ですし、近隣アジア諸国の理解が今後深まっていく以上に、排外的な姿勢で外国人に向かいあう人が多くなってゆくのではないかという危惧を、オーバーツーリズム/格差の問題に直面する観光地に住み働きながら感じるのです。

 


モヤモヤとした感覚と迷いを切り抜けた鍵は、「真のプロフェッショナルはアウェーで戦う」という旅の先達の重い言葉。

 


不安も充実感や達成感も、それがどこから始まるかがわからなかったのだけれど、この言葉をじっくり噛み締めると、全てがマインドセットされるような気分になり、力と勇気、不安や楽しさがどこから来るのかがわかったような気がしています。

 

 


昨日は、スロバキア人のお客さんとカウンター越しに旅話をし、半弓のスタッフも大挙押し寄せた外国人グループに物怖じせず接客してくれている。

 

そのお客さんは、静岡から12年前に移住し、自分の作った野菜を料理しお出しする移住者の大先輩がご紹介してくれたお客さん。その人は高山の超人と僕は思っているのですが、彼は「生き残る」だけでなく、生き残って次の世代に大事なことを伝えてゆくような、超人であり巨人。

 

 

その巨人/超人、旅の先達の背中を追いかけながら、フルパワーで生き残っていこうと思います。

 

 

 


生き残れ 006

 

 

生き残れ 006

 


「生き残れ」ということをいきなり書き始めたのは、生き残ることができない人がドッと増える時代がもうそこに来るという実感があるから。店のお客さんや、近所のホテルの従業員の方がわかりやすく使い潰されて、職場復帰できないようなダメージを体に負ったうえ、解雇されたりするのを何人も見て身の回りで現実に起こり、それをカバーする自助、共助、公助がボロボロであるのを感じ、その薄さが旅をしてきた諸外国と比べて弱いと感じ、上っ面な空気感では、ともに助け合う。。なんてのが充満しており。。。このような状態を招いてでも生かしているシステムや回している世の中に疑問を持つし、もうその寿命も尽きるだろうと感じるから。

 


その寿命が尽きた時のことは、別の機会に書くとして。。。

 


「偶々/たまたま」を引き寄せるための努力はしてきましたといはいえ、今自分が立っている土台や状況も幸運が続いて手に入れたもので、いつ滑り落ちてもおかしくなかったのが現実。今の経営状態が続くとは思えないし、安穏としているつもりはありません。大変な事態やさらなる不景気が来るから、今のうちにたんまり稼いでおけ!という気持ちになっている人をチラホラ見ますが、災害への対応や回復力なんかを見ても、お金があるだけでは生き残っていけないような気がし、少し前に述べた今回っているシステムの寿命と合わせ、

 


今を生きるというより、どうやって生き抜くか。。というところに気持ちが移ってきています。

 

 


私は団塊ジュニアのピーク世代ですが、就職氷河期世代だったとはいえ、ここまで来るとは思いも寄らない状況です。寄らば大樹の陰、護送船団、和を以て貴しとなす、終身雇用。。。それらが通用しなくなったり神話であった事が明らかになっている中、模索を積み重ねていこうと思います。

 


生き残れ 005

 

生き残れ 005

 

学生時代、創部したこと以外、特段に尊敬してはいない先輩が、「(ルーズボールの密集なんかで混戦して)転んだ時、とにかくすぐ立ち上がって周りを見ろ!」と口を酸っぱくしていたのを、強豪国のディフェンスに潰されても、ケロッとしてすぐ立ち上がる松島選手を見て思い出しました。

 

 

混乱していると自分まで自暴自棄にもなるし、気合が入っていないと、PDCA(笑)の、PDで終わってしまうし。。。とにかく、転ばされたり、何が何だかわからない時は、すぐに立ち上がって頭を動かし、何が起きてるか周りを見回すことを機械的に条件反射的に実装して生き延びていこう。

 

 

転ばされたり弾き飛ばされること前提でぶつかっていき、ぶつかったらそこで周りを見回し、見渡し考えよう。


生き残れ 002

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生き残れ 002

 

新しいカテゴリーを作って、こんなことを書き始めたのには理由があります。

 

 

近所にお住いの日本有数のロッドマンであるT氏の、FBにあげられた文章に触発されています。

 

 

ご存知のように、巨大台風が猛威を振るった秋でしたが、思い返せばひどい酷暑だったし、冬は雪が降らなかった。T氏は春の雪代の少なさや、夏場の多雨、渇水か台風かという極端な気象条件に苦戦し、

 

 

「何十年も積み上げてきた経験値と作戦が今年だけでなく近年、通用しなくなってきている。」

 


と語り、

 


「もはやこれが普通になり、新しいパターンを構築する必要があるかもしれない。」

 


と思案しています。そして、

 


「行き詰まった時は苦しい方の道を選ぶのである…」

 


と結んでいます。

 

 

今まで通りのことが通用しない所で新たなチャレンジをすることは、まさに生き残るすべを模索することです。個人事業主や一匹狼は社会のセーフティーネットで一時的なクッションがないまま、失敗が奈落に落ちてゆくことに直結するようにも見えますが、

 

日々の売り上げやらの生々しさ、お客さんがコーヒーを飲んで支払っていただいた、あの1000円札、100円玉で買い物をした食材で、日々成長する娘が、泣いたり笑ったり叫んだりしながら、店の中をちょこまかしています。

 

もしかしたら個人事業主は、茹でガエルになろうにもなれない、危機意識が高い部族なのかもしれません。

 

苦しい方の道を選んでいこうと思います。


生き残れ 001

 

生き残れ 001

 

 

冬のファシリテーション仕事の準備をしつつ、冬ぞなえをしています。まず文章を書いて頭を整理して、準備を始めます。

 

今、何とか食えています。儲かることとは無縁なカフェで、売り上げの悲惨さにガクッと崩れ落ちるような夕方もありますが、家族三人が離れないでいられるということを思い出し、涙をぬぐっています。

 

 

素晴らしい人に恵まれつつも、ゲストハウスを開業するという試みが有象無象に夢を阻まれ、木曽への移住がうまくいかなくなり、高山でゼロからスタートしたことを思い返せば、その逆境こそが、何が起ころうともあまり驚かない耐性になり、結束を強めたし、家族三人になった今の生活の土台になっています。

 

 

同じ頃に機会をいただいたファシリテーターの仕事もだいぶ板に付き、小さいながらも事業を運営する側でいること、小さいながらもお客さんの6割以上が外国人な仕事をすること続けることが、研修を受ける側、受け持つ側に相乗効果を生んでいるような気がします。

 

 

遠い将来のことは見当がつかないけれど、数年先に何かが起こっても、対処できる人間、家族、仲間であるよう考える日々が、リアルな生存戦術だと思って、生き抜いていこうと思います。

 


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