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生き残れ 018

 

生き残れ 018

 

 

さて、この後世界はどうなるだろうか?

 

 

ニュースに狼狽し右往左往したりしてしまうのは良くないけれど、現在の状況からして、景気後退に片足を突っ込んでいるのは間違いないだろう。先行きや状況が分からず、相当能力があったり勝負できるタイミング。が、対策や次の一手がバシッと打てない。。。

 

 

運び屋人生の経験から学んだこと、為替や、人が動かなくなったタイミング。

 

 

これは、持たないものに巡ってきたチャンスのようにも思える。日本-USの航空券は高いが、台湾-USの航空券が異様に安いなど。。。

台湾人の警戒心が強いところなどは見習うべきところだけれど、警戒心が薄くガードが甘い自分の方が、運び屋的にはチャンスが転がっているような気がしてならない。

 

 

台湾における日本の評判や、日本の状況に関しては、今回の件で後退した面もあるけれど、切っても切れない関係がゆえに、行き来が多かったことによって回っていた商品、サプライチェーンがつまって日本と台湾のどちらかでつまり始めているモノ、サービスがある。

 

 

絶対ある。

 

 

さぁ、ジリ貧決定な人。 先手を打つ、頭と体を使うなら今ですよ。


生き残れ 017 コロナ後半戦? 中盤戦?の世界

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生き残れ 017  コロナ後半戦? 中盤戦?の世界

 

大陸における新型肺炎のへの対処、新規罹患率の低下の流れをウオッチしていると、民主主義が試されているような感じがしてきた。

ことが起こった時の制御統制力が最強の中国が、今回の新型肺炎による難局を真っ先に乗り越えたとして、時間差で中国の外でパンデミックが起き、他の国の対応がもたもたしているうちに、大陸が日常を取り戻してしまったら。。。

 

 

汚染され、回復しようにも、危機を乗り越えようにも、民主主義国家と言われている国々が結束して、収束させられないのであれば、「人権が制限され統制された国の方が危機に対応できる」という前例を歴史に残すことになる。

 

 

新型肺炎の影響が、それほど酷くないとか、ある時期が来れば治(おさま)るなんていう人もいるが、そんな夢オチのような展開になるだろうか?

 

 

一部の方がおっしゃる「たかだか、新しいインフルエンザの一種」程度のモノ。。。

 

 

それを封じ込める為に、都市機能、いや国の機能を止め、13億人の経済活動を停止したり、一部の産業が壊滅するような対策。。。

この二つのギャップを埋める情報がどうしても手に入らない。

 

 

このままだと、特効薬が出てくるまで、世界は

 

 

「新型肺炎に苛まれるも、乗り越えた国」
「新型肺炎に対応するも、防げなかった国」
「新型肺炎を未然に食い止めた国」
「新型肺炎に対し、何もできなかった国」

 

 

に分けられるようになりやしないか?

 

 

なんて思う。


移動することで飯を食ってきた自分からすると、その国のルールの変更や厳密化を前にして、なんと無力なことか。。。なんて今まで自由に旅してこれたんだよ。。。なんて狼狽えてしまうが、いい時代だったんだなぁ、などと感慨に浸ってしまうくらいだ。

 


おっと、話が逸れた。

 

 

さて、世界がもしその国々の取り組みで、ランク分けされるようになった場合、のんびり構えた人たちも、流石に自分が立っている地平を疑ったり、考えたりするのではないだろうか?その時、どんな行動を我々は取るのだろうか。。

 


いろんな意味で、大陸、韓国、日本、台湾を比較しながら、どうなるのか?どのように民主主義というか、その国々の政治体制が機能し、対応してゆくのかをまず、注視してゆきたい。

 


さて。。。そのあとの展開いかんによっては、

 


日本でも、子供を育てる為とか、よりよく商売をする為に住む国を選ぶようになったり、国内でもリーダーシップが効いている場所に住み替えることが増えるかも。。なんて感じる。

 

 

高山に住んでいて感じるのは、四方を山に囲まれていることで、

 


仕事をするのも、子供が通わせる学校も、生活する場所も全て高山。その首長を選んだりすることの生々しさ、何かトラブルが起きた時の、生活や市政への直結感が首都圏に住んでいた時と違うのが面白い。

 


そして時々、めんどくさい。

 


今は体力を温存しつつ台湾にいるが、生き残って、次の時代で奮闘してやる。


生き残れ 016

生き残れ 016 

 

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高山を現在の観光都市にする礎を60-70年代に築いた町の重鎮さんが、カフェのお得意さんなのだけど、よく戦時中、戦後の話をした。

 

 

戦争が終わって農地改革した途端、ほとんどの旦那衆はやられてしまった。そこで大きな争いが起きなかったのは、自分たちが敗戦国であったこともあった引け目もあった。。。などと言っていたことを混乱の中で思い出す。

 

 

見渡す限りの農地(山に囲まれた高山とはいえ)を持っていた旦那衆が、一気に捲(めく)られてしまい、小作人にそっぽ向かれたという。

隣国との向き合い方で、明日から来なくなるんじゃないの?なんて半分喧嘩腰の話になったりもするのだけれど、その数日後にひょこっと閉店間際に現れる重鎮とは、

 

 

このままじゃいかんぞ。。。

 

 

と、高山の行く末を案じながら長く話をした。ホテルが出来すぎで今にひどいことになるぞ、高山のオーバーツーリズム(なんだか懐かしい響きだ)や、そろそろ戦争に負けた時と同じような状況が来るぞ。。。などなど。。

 

 

そんな時の為に、

 

 

取り上げられない、税金なんてかからないような農地を持っとくといい。
貯金はダメだな、切り上げで、ぜーんぶペロンと無くなってまった。

 

 

とか、

 

 

ルールなんて無視して闇商売で儲けたあいつらやあいつらが、今も高山でしぶとくやってる。

なんて言ってたのが懐かしい。

 

 

今は、日本の持てるもの持てないものが曖昧になっているけれど、その両者をドーンと組み伏せるような外圧がない状況。

 

 

新型肺炎の蔓延が最悪のケース* 経済が最悪な状況* 政府が最悪な選択

 


をしたりすると、この日本だってあれやこれやにしがみつくものと亡者の争いになりかねないので、その辺の魚を捕まえたり、植物を育てたりする能力が問われる時代に突入する可能性があります。まあそんなことにならないよう準備するか。。

 

 

海外で生きのびる力が、移動制限によって無力化される為、色々考えねば。


生き残れ 015

 

生き残れ 015

 

騒ぎが始まる直前に済ませたが、このままだと確定申告でなく、廃業届を出す個人事業主が増えると思う。

 

実際、高山税務署で申請したとき。僕の後に並んだ方は、廃業の手続きをされていた。

 

リーマンショックが起きた後の数日間は、

 

「一番影響を受けないのは日本」

 

なんてニュースで流されていたけど、あのショックからいまだに回復できなかったのは我が国で、ご存知の通り、結局、零細事業者や、派遣労働者、期間工、就職氷河期組がひどい目にあった。

 

そういったショックがまた来るのではないかと考え、こんな「生き残れ」シリーズを始めたが、オリンピックの前の冬にえらいことになっている。

 

ご存知の通りのアンチ気質で、今の政権には失望を通り越して遠い目で見てしまっているが、日本の一番上の人間やその周辺で起こっているアレコレは、日本の津々浦々で起こっているショウモナイ状況や不合理、不正義がそのまま積み重なったもの、凝縮されたエキスみたいなものに、私の目には映る。

 

希望的観測や楽観論の方向に展開すればいいなぁ。。。と心で思いつつも、この「生き残れ」シリーズで、どうやってこの難局を乗り越えるか考えていきたい。

 

 

 

 

 

 


生き残れ 014 新型肺炎と、国際結婚

 

生き残れ 014  新型肺炎と、国際結婚

 

 

2019年12月のベトナムでの企業研修のファシリテーションを務めた後に、タイのチェンマイに向かい、そこで数日楽しんでいると、なにやら妻が元気なく、ゆっくり休んでも治らないので、病院に出かけるとインフルエンザとの診断。翌日から娘もなんだか熱が下がらず、同じ病院の小児科に出向くと、これまたインフルエンザ。

 

 

正月休み明けから5週間連続で、仕事があることもあって、「インフルエンザさんよ、なんなら早めに俺にも取り憑いてくれないか。。。。」なんて思っていた過去が懐かしい。。。

 

 

2020年2月下旬。

 

 

下手にくしゃみすら出来ない世の中。

 

 

台日カップルで、家族の誰かがどこにいても外国人である家族に責任を持つ私は、隣国との関係や住む場所の未来に対して敏感すぎるところがあるかもしれませんが、現在、台湾にいます。

 

感染が広がる事を前提にすると、人口密度が低く頼りになる友人もいる高山が、籠城するならベストだったのですが、家がボロすぎて4月くらいまでは寒さが身にしみるし、そんな中で、私が家を留守にし、妻が一人で子育てと緊急事態に対応するにはあまりにも荷が重いと感じ、一旦高山を出ることにしました。

 

 

頼りにできる家族/親族が近くにいて、万が一の事が東京と比較して起きにくい場所、起きたとしてもダメージが最小限に抑えられる場所として、今は台北で状況を見つつ、次のジャカルタ、バンガロール、ヘルシンキへの出張準備をしています。その出張がそもそもコンプリートできるのかが怪しいのですが。。

 

 

自分たちが昨年末にインフルエンザに罹って、散々な思いをした事。

 

風邪をしている状態で、小さい子が飛行機になると中耳炎などにかかりやすい事などから、インフルエンザの流行や子供の風邪などの流行に敏感になっていたことが警戒感を普通以上に高めていたことの原因なのですが、情報収集を進めながら、どんどん深刻化していく新型肺炎とその状況を追跡していると、

 

 

日本における何もしない、なるようになれな官民の対応と、

官民ともに徹底している大陸の対応、

そして、できる策はとことん実行する台湾、

 

その「差」

 

 

それが、気にかかり、妻と真剣に議論しました。

 

 

日本で仕事や家などがある人にとっては、簡単に移動できないし、どうにもならないことがたくさんあるのは事実ですし、そういった問題に直面している方々のことを考えると、やるせないのですが、12月から2月まで海外を転戦していた身からすると、これで大丈夫かな。。。というのが、その間の日本の対策を台湾や大陸、香港のニュースと比較しながらの正直な感想でした。

 

 

結局、世の中がこのようなことになりました。

 

 

今は日本でも相当深刻な空気が漂っていますが、この空気感は、台湾や大陸の1ヶ月前のそれと同じような度合いです。それに対する準備を着々と進めたからこそ、台湾や大陸、シンガポールの今があると感じています。台湾の総統は、厳密なコロナウィルスの対応を行なったことで、むしろ支持率を上げています。

 

 

新型肺炎を、新しいインフルエンザの一種と考える向きや、致死率が低いと話す方もいます。勿論そういう考えるのは自由です。しかし、それがそういった致死率が低いものなのかもしれないけれど、これが収まらない限り、オリンピックは開催できないと、世界は感じています。既に中国、韓国、イタリア、シンガポールでは国力を全て収拾に向けています。日本は?

 

 

コロナウィルスの深刻度をどう捉えるかはそれぞれですが、その蔓延への対応を中国がどのようにしているかは、冷静に見るべきだと思います。武漢から遠く離れた、北京、上海、広州、重慶といった直轄市などの大都市でも、マンション隔離などが早々(1月上旬)に、かつ厳重に敷かれ、いまだに上海の目抜き通りに人が歩いていません。

 

中国はほとんどの都市で大金持ちでもマンションに住んでいますので、マンション毎の管理や隔離が容易なのですが、日本の場合はどうでしょう。

 

 

病み上がりな状態で、他の乗客にインフルエンザをうつさないようにマスクしていた今年の1月1日。

 

 

ちょうどその日に、妻の親友から

 

 

「また大陸でSARSが流行っているらしい」

 

 

というLINEが届いたのが遠い過去のようです。嗚呼、あの頃に戻りたい。

 

 

せっかくですから、その頃からの動きを、自分たちの動き、台湾や日本政府、大陸の対応、などと合わせて振り返ってみようと思います。

 

 

何度もブログに書いていますが、こういった時代こそ、人間が輝きます。自分で考えて行動しましょう。

 

 

決心して、人生を自分のものにして、難局を乗り越えていきましょう。

 

 


2019年12月

家族@タイ チェンマイ

 

クリスマスから正月にかけて、妻と娘がインフルエンザに罹患。自分はなんとか罹患せず。19年中に回復


2020年
1月1日    
家族@マレーシア    KL

 

「中国でまたSARSが流行っている」と、妻の親友からLINEに連絡。

 

 

1月8日    
家族@シンガポール    

 

呑気なもの。宿の高さに閉口しながらもシンガポール滞在を楽しんだ。

 

1月11日    
私@バンガロール    妻@台湾    

 

台湾総統選/武漢で初の死者

 

1月15日    
私@バンガロール    妻@台湾    

 

台湾/武漢の肺炎を厳重特殊伝染性肺炎に指定。

 

1月16日    
私@バンガロール    妻@台湾  

 

台湾    日本人の初の罹患者

 

1月17日    
私@バンガロール    妻@台湾    

 

妻が台湾でカフェノートのイベント開催。この時期、台湾でマスクする人はまだあまりいない。

 

 

1月21日    
私@ジャカルタ    妻@台湾    

 

「旧正月に武漢から旅行団体が沢山台湾に来るみたい。」
「わざとか。。。台湾で流行るのは時間の問題」と妻。

 

→ この頃は、また大陸のことを。。。なんて横で聞くようなヒトゴト/対岸の火事だった。

 

 

1月23日  
私@ジャカルタ    妻@台湾    
    
WHO国政公共衛生緊急時案に指定。武漢隔離開始

 

 

1月25日   

私@シンガポール    妻@台湾    

 

乗り換え先で中国に行かなくてはならない欧米の旅行者が、シンガポールでマスクが手に入らずに、困惑した様子。東アジア系、特に漢民族系の旅行者はほぼマスク着用。

 

→ 自分も探したが、ヨーロッパに向かう便だからいいやと、ノーマスクで搭乗。


1月26日   
私@ヘルシンキ    妻@台湾    


シンガポールの状況で焦り、日本の半弓道場スタッフに「店用マスクを買っておいてと指示」→余裕で買える。


1月27日    
私@ヘルシンキ    妻@台湾    

 

宿泊先にはアジア系旅行者多数。アジア系旅行者のマスク着用率高し。フィンランドの人より、自分の方が気にしてします。

 

 

1月28日    
私@ヘルシンキ    妻@台湾

 

ヘルシンキで中国からの旅行者の罹患を確認。フィンランド一人目!と新聞の一面。現地コーディネーターが対策説明のため、関係機関に招集される。

 

 

1月29日    
私@ヘルシンキ    妻@台湾

 

勤務先が上海の義弟の休暇の延長が決定。


1月30日
私@ヘルシンキ    妻@台湾

 

コロンボの友人が、指をさされて「コロナ」と言われるようになってしまったとフェイスブックに投稿。この辺りから、ヘルシンキ市内の公共交通機関を使うとき、勝手に自分が気を使うようになる。

 

 

1月31日    
私@ヘルシンキ    妻@台湾

 

1月末、マスクが台湾で手に入りにくくなる。台湾では2枚/週に販売制限 空港で売っているマスクは高機能のもので、一つ15EUR。断念。

 

 


2月1日
家族@バンコク

 

機内でマスクを着用する欧米人はおらず、着陸し、マスクを着用しながら冗談かましていたが、バンコク空港のマスク着用率を見て、青い顔になる。市中、車内のマスク着用者多し。空港からホテルへはGRAB。ドライバーは、中国人観光客が先週から来なくなったと。

 

 

 

2月2日    
家族@バンコク

 

バンコクでもマスクは手に入りにくい状況。

 

 

2月3日    
家族@バンコク


バンコク研修開始、担当企業にも通達があった様子で、初日は全員マスク着用。

 

 

2月5日    
家族@バンコク

 

アメリカ系航空会社が大陸の直行便に続いて、香港便を運休。煽りを受けて、マニラの後のアメリカ仕事が日程的に厳しくなる。100%リファンド。

 

 

 

2月6日
家族@バンコク

 

この頃、日本から帰ってきたタイ人がコロナウィルスに感染していたというニュース。

 

 

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2月8日    
私@バンコク/シンガポール/マニラ     妻@シンガポール/台湾

 

乗り継ぎのシンガポールの薬局で、一人10枚までマスクを販売していたので購入。各国の旅行者が買い求める。

 

 

2月10日
私@マニラ     妻@台湾

 

マニラでもマスクは手に入りにくい状況。大型ショッピングモールのワトソンで、一人3枚まで。

 


2月11日    
私@マニラ     妻@台湾

 

フィリピンが台湾人の入国を突然拒否(数日後、取り消し)

 

 

2月12日    
私@マニラ     妻@台湾    

 

台湾人の入国拒否の関係で、マニラ-台北のフライトが突然キャンセルされる。フィリピンの友人と会食。台湾にいる友人が、フィリピンに帰ってこれず、ハノイ経由で帰ってきたそうだ。

 

 

 

2月13日    
私@マニラ     妻@台湾    

 

キャンセルされた振替便の問い合わせをするが、CIのコールセンターがどこも繋がらない。中国の肺炎患者が一気に15000人増える。

 

 

2月14日    
私@マニラ     妻@台湾    

 

前日になって、ようやくフライト変更。朝便が夕方便に。

 

 

 

2月15日    
私@マニラ→台北     妻@台湾    

 

マスクは手に入らないが、エチルアルコールは手に入るので、まとめ買い。フライトは満席だったが、桃園空港はガラガラ。検疫のインタビューがしっかりしている。

 

 

2月16日    
私@台北→富山     妻@台湾   

 

勤務先が上海の義弟。台湾は中国国内扱いということで、上海に戻っても、14日間、自宅待機扱いされることが決定。台湾でも感染経路が辿れない患者が出る。日本か台湾なら、台湾の一択というのが印象であったが、過密さを判断軸にすると高山や地方都市が良いと感じる。

 

 

台北-富山のフライトは搭乗率3割程度。エコノミーの一番前の座席には、衛生グラスまでつけた重装備の乗客も。空港から富山駅までのバスの車内もなんだかテンション低い。

 

 

2月17日    
私@高山     妻@台湾    

   

寒すぎて、自分自身が体調を崩し、昨年末にチェンマイで、妻子がインフルエンザに罹って、大変だったことを思い出す。これが底冷えする高山だったら。。。日本に来るのはやめておけと妻に伝え、その旨をFBにもアップデートするが、娘の大事なイベントなのでと日本行き決行する事を決めてしまう。この日、気合いで確定申告終了!初日の高山市税務署はガラガラ。

 

 

2月18日    
私@高山    妻@台北-金沢    

 

TPE-KMQの搭乗率は三割以下、小松まで迎えに行く予定だったが、調子が優れずに、妻に金沢宿泊、バスで移動してもらうことに。

 

 

2月19日    
家族@高山

 

無事に、今回のミッション、保育園の体験入園を済ませる。夜は氷点下4度まで下がるとのことだったので、市内のホテルに泊まる。

 

 

2月20日
家族@高山

 

市内のホテルに泊まる。

 

 

2月22日
家族@高山    


飛騨地方を観光した旅行者が新型肺炎に罹患していたニュース。

 

 

 

2月23日    
家族@高山

 

義弟から2/23の上海の写真が送られてくる。結構有名な繁華街に全く人がいない。中国がここまで徹底的にやるのに、何故日本は。。。と思いが募る。

 

 

2月24日    
家族@高山→富山→桃園→台北

 

富山から桃園へ。搭乗率は3割程度。いつもならごった返している入国審査も手荷物受け取りゾーンも、到着客出迎えロビーもガラガラ。20年以上、桃園を利用しているけど、こんなに閑散としているのは初めての経験。台湾の本気と、新型肺炎の

 

2月25日    

家族@台北

 

近所にマスクを買い求める人の長蛇の列。

 

 


生き残れ 013

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生き残れ 013

 

今年の年末も、アジア新興国で行う問題解決型の経験学習プログラム、ミッショングローバルのファシリテーターを3クール担当した。

受講生との距離感、自分の世代なんかよりはよっぽど優秀な参加者たち、そんな彼ら彼女らの取り組みに触れ、今回も自分自身の学びが多かった。数え上げればきりがないのだけれど、衝撃的だったのは、

 

 

「ベトナム人にアンケートする際、Google翻訳などで日本語からベトナム語に翻訳すると、日本語の複雑さもあってうまく翻訳できず、ベトナム人に伝わらなかった。そのため、日本語を中国語に訳し、それをベトナム語に訳すと簡単に問題なく翻訳されるようで、意思疎通がより図られ、その後のアンケート収集がうまく行った。」

 

 

という、感想が中国出身の方がいるチームの感想だった。

 

 

この会社の2年目社員研修は二度目なのだけれど、去年よりレベルが上がって悪くない。日本の若者やるな。。と思っていた矢先の発言で、カウンターを喰らった気分だった。

 

 

頼んでもいないのに徹夜をしてミッションに取り組み、努力家や根性がある人揃い。。昭和かよ。。みたいなものを持ち合わせたうえ、取り組みを楽しんですらいたのに、各チームがつまづいていたことを、中国語×Techでやすやすと突破してしまった現実に、ゾッとした。

 

 

これに対して、どうしろああしろという言葉は今思い浮かばないのだけれど、とにかく外に出る、外国人と一緒にドンドン働くということを今以上に意識的でないと、日本の将来は難しいかも。。。と感じたベトナムの3週間だった。

 


生き残れ 012

 

生き残れ 012


カフェ、半弓、物販、ファシリテーター

 

 

四つの草鞋を履いてやってきましたが、稼ぎや子育てに難点がある高山の真裏で、ファシリテーターの仕事が冬の柱になり、消費税増、消費の冷え込みなんかを乗り越え、生き残っていけそうな感じがしています。

 

 

Don’t put all your eggs in one basket.

 

 

なんて言えば、聞こえがいいですが、四つの草鞋を合わせてようやく同年齢の平均年収に行くか行かないかです。スタッフに任せている仕事があるため、就労時間の割には稼いでいるかもしれませんが、高山という山奥で輸入業や、海外でのファシリテーターをやることで、お金を稼ぐための移動時間だけは、成田や東京に住んでいた時と比べると長くなり、いいとこ取りはできないなぁ、と思う日々です。

 

 

コントロール不可能な、下請け気味な仕事の比重が多いこともあり、不安をあげたらきりがありませんが、

 

 

貯金も未来もあんまり希望が持てない時や、友達よりも仕事を優先するような道に足を踏み入れ、おっとっとと踏みとどまったことがあったからこそ、何のために仕事をするのかということを妻と共有できていること、これが大きいです。日々、言いたいことやらが出てくるけれど、ぐっとこらえ、なんで今こうしているんだ。。ということに立ち返られているような気がします。

 

 

「言いたいことあるみたいだけど、それ言わないほうが良さそうだね。」

 

 

と、はっきり妻に言われる事もありますが(笑)

 

 

ま、四つも仕事を掛け持ちしていれば、自ずと本気やパワーも分散してしまい、浮き沈みがありますが、常に仕事の入れ替えを意識することなんかよりも、何のために仕事をしているのかが共有できていることが、調整弁になっているような気がしてなりません。


生き残れ生き残れ煩いが 生き残れ 011

生き残れ生き残れ煩いが  生き残れ 011

 

 

 

忍者になって、娘を担いでハロウィンの格好をしてお菓子をあげたり優しい面もある。姿形を隠しながら、態度で繋がる方法もあるぜ。

ハロウィンというと、I want out... 外に出たい!

 

あ、また生き残るシリーズの文章を書き始めてしまいそうだ。今日はこれまで。

 

 

 

 


生き残れ 010

 

 

生き残れ 010

 

今日は、ブラック旅館で朝から晩まで、繁忙期は二ヶ月近く休み抜きで働かされて脳梗塞で倒れた上、解雇され、長い入院からようやく復帰した、カフェの常連さんをお出迎えし、ブラック旅館からの荷物の引き取り、市営住宅の入居のサポートな1日だった。

 

 

外面が良いという意味でなく、たまの仕事の休みに、奥飛騨温泉郷の旅館から高山に遊びに来ては、カフェや食堂によっては楽しく過ごし、ホテルの従業員仲間にお土産がてらに、うちのマフィンやチーズケーキをよく買ってきてくれる大事なお客さんで、「働きすぎ/働かされすぎですよ」と何度も話していたのだけれど、最悪な結果になってしまった。

 

 

欲のない人だった分、年を経るにつれて、ブラックな仕事を断れなくなって行った、身につまされるような話を聞きながら、紅葉の道を高山まで降りてきた。ほんの少しのミスで奈落の底に落ちる恐ろしさ、日本社会の脆弱さをまざまざと感じる1日だった。

 

 

市役所のサポートと、びっくりするようなボロさだけれど家賃も激安なところには安心したけれど、人間を使い捨てる社会という問題に向き合わず、なぜそのようなことが起きるかをもっと突き詰めないと、頭のおかしい、恫喝やパワハラだけが取り柄の連中はいなくならないだろうな。

 

 

仕事ができるやつが、率先垂範でリーダーになり、そのチームが生み出す余力を、世のため人のために使うような世の中にしなければいけない。


生き残れ 009

 

生き残れ 009

 

 

半弓道場の事業継承の話が取りまとめられ、事業継承が上手くいった例として何かの冊子になるようで、市内では有名な起業支援や経営支援のコンサルをやっている中小企業診断士の方とお話しした。

 

 

空き家を見つけてそこで新しい商売をする事すら難しい昨今の地方で、

 

 

事業 継承

 

 

という事がいかに難しいか、やってきた方と二人で頭をひねり、ムムムとなってしまった。

 

 

観光都市の高山とはいえ、町の中心部はすっからかんになり、めぼしい空き家はゲストハウスになるのが関の山。上手くいっているところで地元の生活者と密接な業態は非常に限られる。。。要は、B to Bか、観光客を想定した商売でないと成り立っていない。

 

それでも開いている店の様子を聞いてみると、

 

 

「昔散々稼いで、今は暇つぶしのような感じで店開けてる」

 

 

「この店は稼げないけど、他のテナントを持ってその家賃収入があるから」

 

 

と答えであって答えでない答えが返ってくる。大規模店舗法と地方の過疎化のダブルパンチで、疲弊して、人口が少なくなり、持ちつ持たれつが機能しないとあっという間にこの有様なのである。事業継承を欲しているほとんどの事業者は撤退戦を強いられている上、同業他店が地域内に複数あるような事もあり、それを余所者が継承って。。。。できないですよ。

 

 

継承どころか重症になりそう。

 

 

なので、半弓のような特異な、変り種(自分で言うのもアレだが)がたまたま根を下ろしたようなケースを、事業継承の好例として載るのはどうかな。。とも感じた。材料にされてもな。。。なんて思ったりもしたが、熱い人なので、ヘラヘラスラスラ喋ってしまう。

 

 

ただ、事業継承とは言わずとも、地方でうまく生き抜くためには、

 

 

「その事業のオンリーワン/ラストワン」

 

 

はキーワードになるかもしれない。カフェも最初っから外国人向けの店と公言していたため、近所の外国人対応が可能でない(もしくは得意でない)カフェとは競合にならなかったし、それでも来店してくださる高山の方は、常連になってくださったと思う。

 

 

また、自分たちでカフェに手を入れ少しずつ仕上げていったのは、「仕事をしている様子を見せる」効果があったような気がする。公私だけが人間の裏表ではないけれど、仕事している時とそうでない時の他人を見ると、良くも悪くもその人のなりがわかったような気になるのだ。人や他人から視線を浴びているときは。。

 

 

打ち合わせ同様、私の中で結論めいたものは出なかったけれど、難しい商売や、アウェイの地で商売を始めるときは、自分でも少し読み返して、軌道修正しながらやっていこうと思う。


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