「あんた!『運び屋』したら、人生終わりやで!」 / Courier or Die
やっている商売や仕事を少々卑下してしまうところが、自分の悪癖。
謙遜といった奇麗さっぱりしたモノでないのが悲しいところで、粗野に自分を卑下すだけならまだしも、卑屈が勢いづいて、自分の周囲のものまで悪し様に語ってしまったりする。
悲しい。嘆かわしい。根っこは恐らくコンプレックスだ。
ああ、やだやだ。
ブログを始めるにあたって、ハンドルネームと題名を「運び屋」にしたのは、長年身を置いて来た運送業界への、怒りや矜持や思い入れからだったと思う。正面切って「元サプライチェーン云々、ロジスティクス云々」なんていう肩書きを名乗るほど、思い上がってはいなかったし、実績も残していないし。
あっしは、しがない運び屋でさあ。。。ま、そんなところだったと思う。
銀座線を虎ノ門駅で下り、改札を抜けると関西弁で声をかけられる。
「あんた!『運び屋』したら、人生終わりやで!」
振り返るとコスプレの女性。
慈悲の欠片も、取りつく島も無い視線がグサリ。
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税関のホームページの、
☆「運び屋」とその刑罰 <警察庁HPより> をチェックすると。
<事例1>
元職場の同僚から、「海外からカバンを運ぶ仕事をしないか。」と誘われ、金欲しさから「運び屋」になった。その後、同僚から紹介された者から「カバンの蓋の内側に物を隠している。X線検査も検知されない。」と言われた。『懲役8年、罰金450万円』!!
<事例2>
借金返済後、再度、借金を申し込んだところ、「儲け話がある。ヤバい仕事。スーツケースをマレーシアから持って帰る。」とリクルートされ、会社の運営資金等欲しさから承諾。『懲役7年、罰金300万円』!!
なんてのが出てくる。
<事例1>は、お金に目がくらんでしまった人。。くらいのパーソナリティーしか浮かんでこないけれど、<事例2>は、藁をもつかむ思いで、運び屋仕事をうけてしまった、追いつめられた事業主。。といった姿が浮かび上がる。
事業主の資金繰りの苦しさや、借金取りに追いつめられた状況で、「旨い話があるよ」って言われたとき、どんな選択を人間がするかしてしまうかは頓着されてない。
警視庁のホームページから転載された税関のホームページの殺伐さ、血の通わなさが、なんだか絶望にさせられる。
<事例2>のMr.運営資金等欲しさから承諾さんは、借金完済後、真っ暗な闇に蹴落とされてしまうのだけれど、運営資金を他の方法で調達する方法は無かったのかな。。。俺は恐ろしい。
自己責任至上主義の社会では、「努力した人が報われる社会を!」なーんていうお題目が実しやかに唱えられているけれど、借金完済の為「努力」をしたあと、現れたのは麻薬リクルーターからの、『運び屋』のお誘いだけだったのかな。
なんて世の中だ。鬼だ、鬼。
「あんた!『運び屋』したら、人生終わりやで!」
だと?そりゃそうだ。終わりだ。でも、Mr.運営資金等欲しさから承諾さんのケースは、そもそも救いが無いじゃないか。
「『運び屋』する以前に、人生」
だと思う。
ここで、最低限のセーフティーネット云々を論じるのは遠吠えになりそうだから避ける。
精神的に非常にきつい状態で会社員生活からドロップし、運び屋稼業に身を染めた云々も語らない。
自分自身が、承諾さんを救えなかった社会のその一員だし、自己保身で精一杯の餓鬼のような人間だし。。。
こんなことをとりとめも無く書いている時に、ふと思う。
「誰の人生だって、いつか終わる。」
シャブ中だろうが、シャブシャブ食べ放題の店の店長だろうが、運び屋だろうが、運び屋のリクルーターだろうが、税関職員だろうが、真面目な警察官だろうが、絶対に、押し並べて、例外無く、いつかは死ぬ。
死ぬという決まり事に、皆殺しにされる。
「あんた!『運び屋』したら、人生終わりやで!」
とお姉さんは、自分をどやす。
でも、このお姉さんから、Mr.運営資金等欲しさんへの同情が、一片でも感じられなかったら。。
「お前だっていつか死ぬ、お姉ちゃん、あんたの人生もそのうち終わる!」
と返したい。
返してる自分だっていつかは死ぬんだけど。
「何言ってんだこの糞虫!キモい!」みたいな顔されるだろうけど。