calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

categories

archives

メールとTwitterアカウント

courier_jpn☆hotmail.co.jp

☆を@に変えて!



Twitterアカウントはcourier_JPN

長篠城

P1001642.jpg

長篠城

築城時期:  永正5年(1508年)
築城  :  菅沼元成


場所



信長の天下を決定的にした戦いの舞台。武田と織田徳川の境目の城。






豊川(当時は寒狭川)と宇連川(当時は大野川)が合流する断崖絶壁の
岬のようになった部分に築かれた、交河城(造語)。

弱点である、台地部分は重厚に郭が配されていたようですが、



本丸を取り囲む空堀と土塁はなかなか見事。
武田軍がてこずったのもうなずけます。

三河地方の戦国期の城はなかなか見ごたえがあります。
こういう城が土木技術の発達や、新兵器「鉄砲」の出現により、
どんどん強化され、飛ぶ鳥を勢いとなった信長や家康勢力下に
次々と築かれていったとなると、

信玄の時期より勢力を拡大したとはいえ、勝頼の焦りも
相当だったでしょう。。。



実際、鳥居強右衛門らの活躍により、500の手勢だけで
30倍とも50倍ともいわれる武田軍に対し篭城戦を守り抜き、
歴史の大転換を引き寄せた城は、



のんびりとした本丸内や、ここにお城があるの?と
思ってしまう外観以上に堅固。本丸の縁をぐるっと回ると、
遥か下に渓流が流れているのを木々の間から見下ろすことができます。



本丸を飯田線が貫いていたり、いろいろな意味で
面白い城です。



歴史を変えた設楽が原古戦場も車で10分ほど。

信長家康連合軍の気持ちになって、怒涛のごとく押し寄せる武田の騎馬隊を
迎え撃つ気分を思い起こし、武者震いしたり、

馬防柵の露と化した、武田軍の雑兵の気持ちになるもよし。



いずれにせよ、教科書にも乗ってる合戦図を思い起こさせる景色が広がり、
当時の両軍が思いのほか至近な距離で向かい合っていたのだな。。。

など、その人なりの歴史観を今に伝える場所です。



足助城との間の山道にて。

奥三河は、水と緑の山の気持ちのよい日本の風景。

運びや同様、世界中を出張してばかりの
某エネルギー企業の若き首脳も、リフレッシュできたようだ。






コメント
コメントする