calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

categories

archives

メールとTwitterアカウント

courier_jpn☆hotmail.co.jp

☆を@に変えて!



Twitterアカウントはcourier_JPN

Spišský Hrad シュピシュ城



Spišský Hrad

中欧最大級の城と言われている、このお城は、スロバキアの田舎の

小高い丘の上に築かれています。


先史から古代にかけ高台に人類は集落や砦を築いてきましたが、このSpišský Hrad

城のある高台には紀元前から人が住み住居の跡があったようです。


どこにでも存在し得る高台の集落が砦となり城として発達したのは、

この城の下を、南北ヨーロッパを結ぶ街道筋にあったことがあったことが

大きな理由とされており、1209年に初めてこの城が文献に出てきたそうです。


この頃から、このお城は東の平原から襲いかかるタタール人の襲撃に備え、

規模を大きくしていったようです。スラブ系民族はこのタタール人に何百年に

渡って略奪されて苦しめられ、その疲弊があったため、西欧に大きく遅れを

とったとも言われ、「タタールの軛」なんて言われています。ちなみにこの城は

1241年にタタールに襲われ、何とか持ちこたえているようです。


カルパチア山脈を越え、ウクライナ以東は果てしなく草原や森が続きます。

タタール人が住む土地の東には、同じ遊牧民のカザック、モンゴルといった

剽悍な民族が住み(タタールで遊牧民を総称することもあります)、

このユーラシアの遙か向こうでは、漢民族がそれらの遊牧系民族に苦しめられ、

長城を築きましたが、この辺りの土地を耕して生きてきたスラブ系の人たちは、この砦を

築いたんですね。。。


中欧、特にバルカンに関して言えば、元騎馬民族のオスマントルコには

近世の終わりまで支配されていたからなぁ。ユーラシアの農耕牧畜系民族というのは

産業革命が行き渡るまでは、やられっぱなしであります。辛いなぁ。

ま、ロシア人がシベリアを東へ東へ侵略したのは、恨み辛みとかもありそうだな。


このお城は、この辺りの拠点的城郭とはいえ、タタールの侵入以降の歴史をたどると、

ハンガリーやポーランド、そして遙か彼方の英国の王権争いや、代理戦争になったようで、

どうもスロバキアという国を背負っての戦いをした印象を受けません。


戦略的要衝の位置を他の地域に譲り渡したり、ここに代々住んでいた領主が麓の暮らしやすい

場所に移ったり、時代背景もあってか城としての役割を徐々に果たさなくなり、

1780年の火事でほとんど見捨てられ、20世紀後半に文化財に指定されるまでほったらかしに

されていたようです。ま、だからこそ古城の味わいがあるのでしょうね。

ただこのお城は辿り着くまでが大変。


6時過ぎ着のプラハからお夜行でSpišská Nová Ves着。そこからLevočaまで車で20分なんだけど、

日曜の朝だったからかバスが出たのが8時前。Levočaをぐるっと回って、11時過ぎにバスを

待ち始めて、Spišské Podhradie行きのバスが現れたのが1時過ぎ。一番の原因は日曜だと

思うんだけど、Bratislavaへ戻るバスも2時間待ちだったので、できればレンタカーや計画的な

訪問をオススメします。




画像はこの通り。収容する兵士や人が増えるにつれ、丘の頂上部だけであった城が拡張され、

大きな城郭になっていったのが何となく分かります。


この城の歴史のホームページによると、区画が密集したエリアは宮殿や教会が連なり、

大振りな郭は戦時的な緊張がないときは、町や市場のようなモノがあったようです。




さて、登城


麓の町を歩いていると、住居の切れ目や屋根の向こうにぽっかりとお城が見えてきます。




オヤジに声をかけると、ノンビリとした農道のような道を指し示され、そこを

ずんずん登っていきます。






1,城壁の下に足を引きづりつつ辿り着くと、城門が何やら閉ざされています。アララ???




2,物見台のような台座があるけど、この辺りを散策しているときは、お城に入れないと

 勘違いし、途方に暮れている。。。




3,お城の南の先端部。曲線と直線がもつれてかっこいい。

 石灰岩がむき出しになっています。加工しやすい石材がすぐ近くにあったことも

 このお城が大きくなっていったことのひとつの理由かもしれません。

 お城の南東500メートルくらいのところに、山を崩し、石灰岩を掘っているのか、

 現役の採石場を望むこともできます。



4,城の入り口は閉ざされていたんですが、城壁の中からなんだか声が聞こえるので、

 城壁の下を小径沿いに辿ってみることにしました。こちらは南の塔。

 日本の城で言う櫓です。



5,この辺りまで来ると正門からのルートのようなモノが見え、駐車場にも車が見え安心。

 でもなかなか凄いお城だぞ。



6,お城の主要部を見上げてみる。。。。うーん、なかなか。



7,城門前の空堀(南)



8,城門前の空堀(北)



9,さて城内に入りました。北のお城の主要部から見下ろされ、目の前の門を

 もう一度くぐらなくてはいけません。


10,枡形のようになった部分から、第二の門。



↑11 門を超えると小振りな広場。右手はお城の主要部です。



12 ヨーロッパのお城ですね。ロシア人の家族連れが観光に来ています。



13



14



15、主要部脇の登城道を上り、門をくぐると更に小振りなスペース。上を見上げると

   城門のような遺構がまとめて三つも見える。特に左上のトンネルのような門跡は

   場所が不自然だ。もしかしたら木橋のようなモノが渡され、

   往事はかなり立体的な場所だったかもしれない。



16 主要部からせり出した物見台があるので、そちらに登ってみます。この物見台から

  先ほどの城門?がまっすぐ先に見える。。。うーん、なんだか橋でも

  渡していたんじゃないかなぁ。。。





A,さて、いよいよ本格的な主要部。城普請もこみ入ったものになります。



B,この辺りから住居や倉庫などが軒を連ねるちょっとした街区のようです。



C,15,16で怪しくぽっかり空いていた入り口。



D,ひときわ目立つ塔。その基部と周囲は教会のような施設。

 博物館になっているようでしたが、休館中でした。



E,拡大されていった郭の連なりを撮影しようとしましたが、うまく撮影できなかった。



F,城の北の廃墟。お城に登るルートを見下ろす場所に当たりますが、こちらは

 立ち入り禁止。それ以前に足が痛くて潜入できなかった。。。



G,ノンビリとお城の遺構を整備中。



H,お城の北の大きな建物。シリアのKrac Des Chevaliersにも、お城の同じような

 位置にこのような施設があったな。。。



I, 窓に細工がしてあります。細工がしてあると言うことは、王宮か、宗教的施設 

  だったのでしょうか?



17,さて、ゆったりとした郭に出てみます。



18, リスだかネズミだかがちょこちょこ走っていました。



19, 貯水施設?



20,


21,南の塔、まだ少し雪が残っています。



22, 城の案内板にもありましたが、カルスト地形らしくこの丘にも洞窟があり、 

   洞窟の奥からは古代のコインなどが見つかったようです。このお城の南端の

   壁の下になんだか本来の地形と城壁の間に隙間があり、どこかに通じているようで

   なんだか想像がふくらむ。



23,南の城門。侵入者を迎え撃つため、塔には二重の城門を備え、枡形の役割を果たし、

  お城の入り口が堀底に位置するため、周囲の城壁から見下ろされるようになっています。



24,西の塔。


25,南の城門その2



足を痛めているのでとぼとぼとお城をあとにします。。。



遙か彼方の小さな駅舎に、単線の客車が停車していたのですが、

山を下りきる前に、ゴーッと音を立て、どこかに行ってしまいました。。。


ということで、そのあとカフェやら何やらが一切無い、町の広場でバスを二時間待ち。

そのあと、強烈な立ちっぱなしバス旅行でした。。。


お城の見物以外でヘトヘトになりましたが、その辛さを補って余りある

素晴らしいお城でした。またいつか来たいなぁ。。。






コメント
ども。
速報ですよ、成田でFedexのMD11が着陸失敗で
滑走路をひっくり返って炎上。
乗員二人死亡。
23日は朝からA滑走路閉鎖みたいです。
ではでは。
  • スレタイ職人
  • 2009/03/23 8:45 AM
スレタイさん

私自身からもいったん書き込みをしたのですが、

事故で亡くなった方や、旅行がキャンセルになった方
などもいらっしゃるので、軽々しく放言できないので、
削除しました。

私の日程はどうやら今回の事故での影響はないようです。

さて、スレタイさん。リビアはどうでした?
  • 運び屋@SFO
  • 2009/03/25 3:10 PM
事故から2日経って成田を使ったんですが、
滑走路脇でひっくり返ったMD11の残骸は、
跡形も無くなって綺麗になってましたね〜。やれば出来るじゃないですか、成田空港。

Tripoliは良いとこでしたよ〜。
お土産と渡航のための情報抱えてますんで、
鮮度が落ちない内に、
たまにはジパングでストップオーバーいかがですか?
  • スレタイ職人
  • 2009/03/27 4:35 AM
お、おかえり

ジパングの次のストップオーバーも4時間です。
そのあとは、CXでドバイに飛んでイエメン。

帰ってくるのは4月の真ん中です。

ま、その頃に!
  • 運び屋@ICN
  • 2009/03/27 10:17 AM
コメントする