calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< May 2020 >>

categories

archives

メールとTwitterアカウント

courier_jpn☆hotmail.co.jp

☆を@に変えて!



Twitterアカウントはcourier_JPN

ドゥゲ ゾン / Duge Dzong

R0021812.JPG




ドゥゲ ゾン / Duge Dzong

場所

一般的なブータン観光で訪れるゾンとなると、そのほとんどが各県に一つずつある政治的・宗教的中心のものがほとんどだけれどこのゾンは別。

1950年代の火災からの修復が行われておらず、利用もされていない放棄された城ですが、屹立した小山を丸ごと城塞化されており、日本の城郭用語をそのまま当てはめると、

「櫓、出丸、登り石垣、横矢、横堀、竪堀、虎口、枡形 etc..」

といった、重厚な攻め手を退けるシステムが随所に張り巡らされており、城としての機能が際立っています。

何故、このような堅固な城を築いたのかを、もう少しガイドさんに突っ込んで聴くべきでしたが、要塞、宗教的権威、統治機能の三つの性格のうち、宗教的権威と統治機能は、同じ谷のタクツァン僧院、パロゾン等などに任せ、谷筋を20数キロも登ればチベット領(現在は中国領)という位置で、侵入者に睨みを利かせるという意識を、漆喰が剥がれた茶色い版築の城壁が放っています。

このゾンは、ブータン建国の父であり、宗教的カリスマであり、チベットを退けた将軍であり、ブータンの各地にゾンを築いた建築家でもある、シャブドゥンによる建設。チベットからの亡命僧が、ブータンを一つにまとめ上げ、チベットの侵略を退けたというのが面白いのだけど、このゾンに付けられたドゥゲという「ドゥク派の勝利」という意味を持っているのが興味深い。建設は1647年。

次回ブータンを訪れるときは、天気の良い秋、その向こうはチベットな山嶺が望める季節に着たいなぁ。

R0021765.JPG
西の城へ続く小径。小山の真後ろ、西の城門まではぐるりと迂回しなければ行けません。そこにたどり着くためには、数々の防御施設をくぐり抜けないと。。。

R0021770.JPG
城の北西、櫓を連結するルートに、竪堀のような抜け道のような遺構。ガイドさんは、兵隊を移動させるためのルートと説明してくれる。背後の櫓などと連結しており、併せて馬だしのような役割を果たしていたのかもしれません。

R0021771.JPG
上と同じく、櫓と櫓を連結させるような道。

R0021772.JPG
北西の櫓。ある程度修復されているようですが、苔むすようないい感じです。

R0021773.JPG
櫓と櫓が石垣/堀で連結されています。現役のゾンでは見かけない遺構です。

R0021778.JPG
城の北西で見かけた横堀のような遺構。

R0021786.JPG
城をぐるりと180度回って、南東の登り石垣。

R0021787.JPG
登り石垣を上から、かなりの斜面。本気で固められたら直登は難しいかな。

R0021789.JPG
南西の3連櫓と登り石垣を登り終えたところ。

R0021790.JPG
城門前。直接の侵入を避ける、虎口のクランク。

R0021792.JPG
城門自体はシンプル

R0021791.JPG
ですが、城の中心部に入る前には大きな櫓(ウツェ)を越えなければ行けません。

R0021794.JPG
櫓の内部。

R0021795.JPG
城(ゾン)内

R0021797.JPG

R0021798.JPG

R0021800.JPG

R0021801.JPG

R0021806.JPG
城の西の城壁。写真を撮った場所も左手も落ちたら死ぬレベルの絶壁です。

R0021807.JPG
城の北の城壁。ブータンのゾンの特徴のように、城壁が分厚く、区画され、倉庫や兵隊、僧侶が駐屯し、暮らす部屋のあとがあります。

R0021811.JPG
さいなら

R0021812.JPG
土を固めた版築です。ブータン各地で、人の住まなくなった家もこんな色をしています。

R0021813.JPG
もう一度、城門付近を。やっぱり二重にクランクしてる。

R0021814.JPG
城の南側。





コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック