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紛争の戦跡やら

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紛争の戦跡やら

アルゼンチンは、南米の中でブラジルを除けば、頭ひとつ抜きんでた存在で、人種的にも欧州系の度合いが高く、周囲を見回して「俺はお前らと違う」と宣い、周りには「あいつは、ちょいと調子に乗っている」と陰口をたたかれるような所がある。

そんな自意識過剰さが時の軍事政権と政治経済状況により増幅され、諸島を巡って長い対立が続いていた上、大英帝国時代の遺恨もあってか、30年前の1982年、アルゼンチンと英国は戦火を交えることになった。

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@San Carlos 英軍が逆上陸した入り江。3家族ぐらいが今も住んでいる。

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@San Carlos 古い桟橋。紛争の資料映像などでもこの桟橋をよく見かけた。

当時のアメリカの国連大使、カークパトリックが紛争/戦争に向かうの両国を交渉のテーブルで何ともできない無力感に包まれつつ、「両国が考える程、島の重要性が感じられず、客観的にもフォークランド諸島が重要とは思えません。」「ある種の軽薄さ(アルゼンチン側)が感じられ、真剣ではないような 戦争の意味も知らないような。。。」と述べていることに、いろいろなものが詰まっている。

アルゼンチンに長く関わってきた日本人や在住者の話を聞いても、「組織だって何かをするにはなかなか厳しい国民性」とのこと。

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@Mt. Kentの北。撃墜され遺棄されたままのアルゼンチン空軍ヘリコプター


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@スタンリー Stanleyの西。主都スタンリーは、英軍の侵入を防ぐための地雷原がいまだに残っている。

戦いの結末もまさにその通り。どこでどちらの兵士が何名命を落とした、船を沈めた沈められた以前に、搭載したミサイルが不発弾だったり、アルゼンチン側に、艦船や航空機の整備不良なんかが目立つ。用意周到さに欠け、衝突を前にして、人と人との殺し合いを軽んじて、楽観的な気分でおっぱじめたという印象は拭えない。

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@スタンリー Stanleyの東の半島York Bay。アルゼンチン軍が上陸した地点の1つ。逆上陸を防ぐため、スタンリー周辺の入り江や砂浜は地雷が残っている箇所がまだ残っている。因みにマゼランペンギンの住み処でもある。



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@Lookout Lodge BACTECという、ジンバブエ人主体の地雷除去チーム。

サッチャー政権下のイギリスの意固地っぷりも、度を越している気がするし、こんな地の果てまで英国の威光をかざすくせに、それまでえいこくがとっていたこの島々への放置プレイっぷりも、褒められたモノでなく、なんだか英国にもあまり同情できない。

敗れたアルゼンチンには、判官贔屓な気持ちが募ったりもするけれど、意地の張り合いやらが煮詰まって行き詰まって、こんな地の果ての不毛な島を取り合い、多くの人の命が失われたってのが本当にやるせない。

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@Darwin/Goose Greenの集落の北。アルゼンチン軍墓地

ポートスタンリー以外では、英軍が再上陸したポートサンカルロスに英軍戦死者の墓地、激戦地グースグリーンの北にアルゼンチン軍戦死者の墓地があるけれど、墓地とその景色を抱くフォークランド/マルビナスの土地は、墓地をいくら整備して花を手向けても、不毛さが絶対的で、こんな所で死ななくちゃいけなかったアルゼンチン人の若者や、英軍兵士や軍属へのことを考えるとただただ悲しいだけ。ほんとに残酷なコントラストだった。

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@Goose Greenの集落。紛争最大の激戦地

いつまでたっても、いがみ合い憂さ晴らしをするかのように、人を殺し殺されする人間の愚かさが何もない大地に、ぶちまけられ、放り投げられているような様だった。

相手がしかけてくるから、向こうがその気なら、譲れないモノがあるから、こっちにも意地があるから。。。

そういった問題が世界には今も腐るほど転がっているけれど、人間の駄目っぷりには本当に限度がない。そんな人間が一度死んだくらいでは、死後の世界にたどりついたところで、何かに生まれ変わったところで、たいして成長も進化もしないまま、また同じような世界にたどり着き、また同じような悩みやら解決のみえないモノに囲まれたりして生きて行くような気がする。

ららら。なんか変な感じになっちゃったな。


コメント
はじめまして。
植村直己がビンソンマシフを目指すとき、フォークランド紛争によって中止を余儀なくされたことを思い出します。
今のそこをこんなにリアルに伝えてくれてありがとう。
いつも興味深いブログから目が離せませんよ。
ぜひ四国遍路も経験してください。
  • けんたろう
  • 2012/02/24 12:29 PM
けんたろうさん

グッダグだの文章と旅なのでなんだか恐縮してしまいます。

日本に戻って野暮な仕事を一段落させたら、四国に向かいます。遅くとも4月下旬には四国入りしたいと思っています。
  • 運び屋@マウントプリーザント空港年
  • 2012/02/24 8:22 PM
この記事を読むとフォークランド行きたくなります。どうも戦争、紛争に敏感な年頃なんでしょうか。
そういえばゆーたろーが仕事辞めたいとか言うてます。世界的に有名な鍛冶屋の販売代理店許可も頂いたのでゆーたろーを巻き込んで今年から来年ぐらいには本格的に始動したいところです。
  • ysk44
  • 2012/02/25 10:01 PM
ysk44

楽勝で徴兵される年頃だろ。軍オタとかが喜々としながらフォークランド/マルビナス紛争を語るのは、ほんと違和感覚えたし、自分の駄目さにも気づいたよ。

あ、ユータロウはいつもの病気が出たみたいだね。

じっくり計画立ててやるんだよ!ほな!
  • 運び屋@ジョージタウン
  • 2012/02/26 8:29 PM
フォークランドからの絵葉書きましたぁ〜。2月12日の消印なので3週でやってきました!水上飛行機の切手がとても素敵です。運び屋さん、あざーす!
  • アカイナン
  • 2012/03/06 12:19 AM
アカイナンさん

早い!

多分、フォークランド到着早々に発送したグループのモノ!
  • 運び屋@ケープタウン
  • 2012/03/06 1:35 AM
2/20日付、消印2/12のエアメール、本日3/6に千葉の自宅に届きました。当該ブログを改めて開きながら、感慨深く読ませていただきました。あの大王イカとマッコウクジラは、もちろん両国の姿なのでしょうね……。荒野にならぶ十字架、もし自分の家族だったら、あるいは自分自身だったら、と考えると、震災とはまた違ったやるせなさが込み上げます。
  • w_yoshi
  • 2012/03/06 1:47 PM
w_yoshiさん

フォークランド発第一便が続々届いているようで一安心しております。

あの島は本当に不毛で、へばりついて生きるのがやっとだなぁと感じる土地なんです。こんな所で殺されてしまっても、何にも生まれ変わらないと感じてしまう。残酷な場所です。

僕は当事者でないので、開戦に至った経緯の本当のところや空気は分かりませんが、自分の家族や友人がこんな所で殺されたとしたら。。。。

いやだいやだ。。。

  • 運び屋@JNB
  • 2012/03/06 5:00 PM
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