calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

categories

archives

メールとTwitterアカウント

courier_jpn☆hotmail.co.jp

☆を@に変えて!



Twitterアカウントはcourier_JPN

四国遍路 Shikoku Henro Day-18

DSC01391.JPG

四国遍路 Shikoku Henro Day-18

土佐の旅が終わってしまって寂しかったとさ

早朝の撤収。

担ぐ必要の無い荷物を段ボールに放り込み、市営キャンプ場最寄りのコンビニから松山中央局に送付する。

具同から平田まではと土佐くろしお鉄道宿毛線で戻り、平田駅から午前8時半、歩き始める。

DSC01341.JPG

DSC01349.JPG

少し道を間違えるものの、三十九番札所、延光寺にほどなく辿り着く。ここでも、クロアチア人男性とまた会う。今日は、好きな魚釣りをアドリア海で。。の写真と、獲物の写真なんかを見せてくれた。かくいう自分は、東村山の写真やら、海外の釣りの写真をiPhone経由で披露する。

三十九番札所、これにて土佐の16の札所を打ち終えたことになる。

DSC01353.JPG

DSC01354.JPG

DSC01361.JPG

札所を打ち終えるとともに、1200キロとも1300キロとも言われるお遍路の道の中間地点はこの辺り。ふぅ、一区切り付いた。よく歩いたけれど、体に問題が無い事、支えてくれた色んなものに感謝だ。

あとは宿毛市外を抜け、遍路道経由で峠を越え、伊予愛媛に入るのみ。時間も読める。。。なんて思っていると、なんだか急に雲行きが怪しくなり、準備する間もなく、ポツンポツンと降り始める。

アルゼンチン系ブラジル人のひげ面お遍路さんと、宿毛市街に入ったあたりで一緒になり、

「このあとの天気はどうなるかね?」

「天気予報では、雨は明日からだって言ってたから。」

「おっし!頑張っていこう!バモスバモス!」

なんて会話をしながら少し歩いたのに、彼と別れて数ブロックのところで、土砂降り。

テンションを最高潮にして、その勢いで峠に突っ込んでいこうとした矢先の雨。ぬぅう。まさに水を差すとはこの事だなぁ。

DSC01368.JPG

雨脚が弱まらないので、完全雨装備にして再出発。56号沿いのローソンで、行動食を少し購入し「貝塚」なる地名の集落から宿毛市街を離れ、遍路道に入ってゆく。

四国の西岸、特に足摺岬から佐多岬までは、ぎざぎざのリアス式海岸が続き、入り江に町が点在している。

現在は海沿いに道も走っているけれど、昔は海岸沿いに道を通すのが厳しかったり、遠回りだったこともあってか、最短距離はこちらの峠道!とばかり、峠を越えては入り江の町、峠を越えては湾奥の町といった歩き遍路道が続く。

四国西岸の峠道なのだけれど、山深さや急傾斜が敬遠されたのか、旧街道が拡幅されてアスファルトの道となり。。。といったお決まりの歴史をたどっていない。現在の国道は、峠を迂回して海岸に出たり、トンネルが通ったりしており、脇道というポジションに追いやられ歩行者専用の遍路道となっているものの、峠道自体は、地元の方の整備などに支えられ、未舗装な昔のままの姿を残しているところが多い。

峠道!、歩き遍路にしか越えられないお遍路最大の魅力!

と言いたい所だが、無限峠シークエンスの一峠目、松尾峠。

この峠がいきなりキツい。ザックにくっつけたテントが重い重い。

松尾峠は、海抜300メートル程度の標高なのだけれど、最後の100メートルのつづらの上りは、立ちはだかるように行く手を阻んでいた。こういったときは、子供の頃からの友人やクラスメイトなんかの顔を思い浮かべたり、自分のザックより遥かに重い荷物を担ぎ、伊予と土佐の間を当たり前のように往来した昔の旅人に思いを馳せ、少しずつ力をもらって登る。

「うおおおりゃぁ!」と、上がらぬ腿に「独り喝!」を入れながら。

DSC01369.JPG

DSC01370.JPG

DSC01372.JPG

DSC01373.JPG


午後1時過ぎ、松尾峠。

自分が登ってきた方角に、「従是東土佐國」の標石。

これから進む方角に、「従是西伊豫國宇和島藩支配地」

うっっしゃああ!伊予!愛媛県!に入った!歩き通す事をあきらめる気は、さらさらなかったけれど、先輩お遍路に、

「土佐を歩き通した遍路は、もう大丈夫。八十八番まで行けるよ!」

と散々聞いていたので、緊張感を切らさずに愛媛を目指し、頑張ってきた。そして辿り着いた。

今まで歩いた距離と同じ距離を、もう一度、歩ききる事ができるかどうか?とふと思い浮かべる。

Oh Yeah! 大丈夫。

同じ道をもっと厳しい条件を課して歩いたお遍路さんはいくらでもいる。この先の道中にいくつか難所はある。でも人が乗り越えてきたからこそ、「道中の難所」と名付けられるんだ。。なんて思う。

テンションが上がりすぎて、山中でガッツポーズして大声を出し、雨もやんだのでポンチョを脱ぎ捨て、荷物を放り出して走り出す。

DSC01376.JPG

松尾峠からほどない、藤原純友が築いた住友城を見物にゆく。

中世、いや平安中期だから古代の城。ささやかな土塁しか残っていなかったのは想定内。けれど、この城跡には、物見櫓ならぬ展望台が設置されており、宿毛湾と沖に点在する島々を見渡せる。おお、美しい。

DSC01383.JPG

DSC01387.JPG

さらば土佐!

愛媛県に入ると、道がなだらかになり、きっちり整備された歩道になる。

松尾峠を下って一本松の集落に出ると、空気が湿り気を帯びず、からっとしてる。なんと!今日は朝から一粒も雨は降っていないとの事。要所要所で天気には見放され、長かった土佐が、峠を越えた以上に、遥か彼方に遠のいてしまったような感覚になる。土佐では歩きに集中し過ぎ、旨い地の物を食べなかった。グッスン。少し寂しい。

DSC01413.JPG

DSC01416.JPG

DSC01419.JPG

そんな気持ちで、感じるポイント少なめな、国道56号沿いを愛南町目指して歩く。四十番札所、観自在寺に、16時到着。境内で、これまでに何度かすれ違った山ちゃんと、3日目の焼山寺アタック前、鴨の湯泊以来の真言宗のお坊さんとタイミングが一緒になる。土佐を歩き通した日焼けしたお遍路さんの顔は、どこか自信に満ちて力強い。皆さんは自分の表情から何を読み取るのだろう。

納経を済ませ、通夜堂をお借りするため、住所などを帳面に書き付ける。

DSC01424.JPG

日没まで時間があるので、城辺の町の由来?にもなった常磐城を見物し、たらたらと歩き、なんとなくファミリーレストランJoyfulに入店。

お遍路さんの中には、愛媛の女性を絶賛して、高知の女性をけちょんけちょんに評価する人がいるけれど、どうだろう。評価する以前に、高知を歩いている間、あんまり土地の女性と喋らなかったからなぁ。

でも、言われてみれば、店のお客さんも店員さんもどことなく。。。なんて感じたのも束の間、

DSC01457.JPG

隣の席の男女の高校生が、胸が大きくなったならないの話を始める。

なんだなんだ?   ん?   なんだなんだ?

観自在寺に戻ると、通夜堂には、岩手から来たという、曹洞宗のお坊さん。バックパックは有名なアウトドアブランドのものだけれど、他の装備は、錫杖から袈裟、足袋に至るまで完全なお坊さん姿。

暑さにはまだ耐えられるのですが、アスファルトの下りが、足袋だと非常に辛く、そこでスピードが落ちてしまい、一日の歩行距離が、どうしても25キロから30キロくらいになってしまう。

なんてことを話す。

雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズに歩いてきたけれど、今夜もまた、気合いが入ったお遍路さんにお会いでき、これからの遍路道で、難所に向かい合った時、

「観自在寺でお会いした曹洞宗のお坊さんだって。。。」

と思い、どこかを歩いているこのお坊さんに支えられ、難所を越えてゆけるのだろう。。。なんつって。。。。

実家から持ってきた青汁の粉末を毎日飲んでいるからか、なんだか話が青臭い。

課すものが大きくなったり、律し過ぎると、感動や楽しみどころか、遍路の目的まで飲み込まれ、

何で歩いてるんだろう?

なんて思ってしまうこともある。でも、一日を振り返って、印象に残るのは、松尾峠の登りと、峠から振り仰いだ景色で、峠からこの観自在寺への道で見たものではない。嗚呼、こんな簡単なことにこの歳になるまで、何で気がつかなかったのか。。女子○生のおっ○いがうんちゃらかんちゃら。。の。。。。

ぶつぶつぶつ。。。




四国遍路 Shikoku Henro Day-18

歩行距離 / 約33.29Km    くろしお鉄道平田駅 〜 観自在寺通夜堂
お寺 / 39,40  延光寺 観自在寺

お遍路旅の詳細はあらためて。。。

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック