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プロビンシャ城 / 普羅民遮城 / Fort Provintia

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プロビンシャ城 / 普羅民遮城 / Fort Provintia

スクリーンショット 2014-09-24 4.33.24.png

場所

台南のランドマークにもなっている「赤嵌楼」の土台は、17世紀に台湾に進出したオランダが、築いたプロビンシャ城/普羅民遮城の城壁をそのまま利用している。

「赤嵌楼」は台南のランドマークにもなって公園として整備されており、公園に入ると、その名の通り赤を基調にした廟が緑の庭の向こうに建っている。公園入り口でもらうことが出来るパンフレット(日本語版もあるよ)の案内を見ると、二つの中国式の廟の奥に「普羅民遮城遺跡」と記載されている箇所があるので、廟の見物をそこそこに向かうと、赤煉瓦を積んで固めた土台、というよりプロビンシャ城/普羅民遮城の城壁の遺構をを内側から見学出来るよう整備されていた。

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プロビンシャ城/普羅民遮城は、正方形に近い三つの四角形を重ね合わせたような砦レベルのシンプルな西洋式城郭とはいえ、同じ時代にヨーロッパに築かれた要塞や、日本の近世城郭と比較すれば技巧的にもサイズ的にも実に頼りない。要塞には100人程度の城兵が駐留できるものだったそうだけれど、鄭成功軍の上陸後にあっという間に包囲され、安平湾内の海戦でオランダ艦隊が破れ完全に孤立したあと、すぐに降伏している。

椅子を与えられず、立ったまま降伏文章に署名させられた降将ファレンタイン司令官は、鄭成功と2人の鄭軍の将軍に睨みつけられ銅像になっても、頭を下げ項垂れていた。

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落城後のプロビンシャ城/普羅民遮城は、台湾島の主府となった台南城の城内に取り込まれ、西洋式城郭から、清朝風の楼閣、日本統治時代の陸軍病院といった歴史を経て、現在では試験の神様と海神を祀る廟をいただいた台南のランドマークになっている。

公園を出て、民族路を西に向かうとほんの少し坂道になっていた。

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城にオランダの三色旗がはためいていた頃の海岸線は、自分が歩いている坂道から程無いところだったはずで、うっすらとしたこの傾斜は、400年前は海辺に続く砂浜だったかも。。。なんて思いを馳せながら歩いていると食堂が開いている。出て来た牛肉湯の肉が赤嵌楼ばりに、生で赤々としているのにはちょっと笑っちゃったけれど、こんな時間から俺以外のおじさん達も、モリモリ牛肉を食らっているのに驚く。牛肉湯は台南の名物だそうだ。

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