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長崎 / Nagasaki

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長崎 / Nagasaki

鎖国時代の日本が、唯一世界へ開いた小さな窓であった長崎。「その鎖国下の長崎で、貿易することを許されていた国はどこですか?」と質問されたら、どの国が浮かび浮かび上がってきますか?

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ウガンダ? ヴァヌアツ? 

いや、オランダを真っ先に思い浮かべる方が大半ではないでしょうか?「オランダと清!」ときっちり答えられる方は少数派なのではないでしょうか?

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かくいう僕自身も去年長崎を旅するまでは、長崎=出島=オランダという図式が頭の中で出来上がっていて「清」の存在は薄かった旅人の一人です。その存在感の薄さの理由を自分なりに考えると、日清の交流より日蘭の交流の方が、最終的には開国につながるような様々な事情が重なってより劇的だったこと、それゆえに小説の題材にされやすく、そこで印象がさらに強められたことが大きかったのでは。。なんていうところに行き当たります。

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市街地化が激しく進んで「島」でなくなった上、周囲との調和がなくなり、見る影もなくなった出島なんかにでかけるより、長崎に行ったら、興福寺、崇福寺に出かけることを強くお勧めいたします。寺院が集まるエリアに、突如、中国寺院が現れ、ご近所の日本の寺院と同じ時期に建てられた縁起が記され、建立が江戸期の早い段階だったことなんかを知ると、長崎と中国文化の深く長い繋がりを感ぜずにはいられなくなります。

そして、お寺にある冊子から、いろいろなものが江戸期に清を経由して日本に伝わっていることを顧みることができます。確かに、劇的なところはないけれど、清から入った文物、植物などは、日本の文化を地味にアップデートし続けたんだなぁ。。と思わされるものが少なくありません。

そして、その寺院はほんのり褪せた朱色をしています。

その朱色の塗料は「ベンガラ」です。ベンガラを塗ったのはもちろん、建設したのも中国の職人で、それが21世紀の今も残ってるんですよ。僕は「ベンガラ」の記載をお寺の中で見かけたとき、「おぉー!」と小さく叫んでしまいましたよ。

ということで、台風で波が高く、上陸できなかった軍艦島より、今回も中国寺や唐人屋敷跡をじっくり巡り、塗料が「ベンガラ」だとしったことが印象に残ったのでした。吉村昭さんが愛した皿うどんもうまかったなぁ。。。

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