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三仏寺城

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三仏寺城

 

スクリーンショット 2017-12-05 23.37.23.png

場所

 

築城年 平安末期
築城主    平時輔

 

飛騨で最も古い城郭の一つということと、この近くの現在は「三福寺」という在になっている方からご紹介いただき、登城ルートなどもあっさりわかってありがたい。その三福寺在住の方は、うちのお店に来てくださって以来、トラックを貸していただいたり本当によくしていただいているのですが、「飛騨の歴史」などの本に加え、なんと「飛騨の城」という本をお貸ししてくださって、城熱復活なのです。

 

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最近は雪が時々降るようになり、城めぐりもなかなか難しくなっていきそうですが、本当に色々な方に世話になり、飛騨最高!もうこうなったらスノーシュー履いて、空堀やら竪堀やらに突っ込んでいこうと思います。

 

さて、三仏寺城。三福寺という地名や、三福神社とどのような関係になっているのかは、また後で勉強することにして、歓喜寺から案内に従って、擬木できっちり整備された登山道を登っていくこと10分。典型的な連郭式山城が現れます。武田家の侵入まで城主をいただいていた城で、現在の高山の中心地がある平かな場所と、丹生川方面の信濃地方からの交通に睨みを効かせられるよう、尾根にいくつもの削平された曲輪が残っています。

 

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曲輪に土塁の高みなどが残っていれば。。。と思ったのですが、見る限り、腰曲輪などが配されている程度で、たくさんの郭が連結している以外に、技巧はそれほど感じられませんでした。

 

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でもまあ、その辺りの細かい城用語は抜きにして、案内板にも記載されている、木曽義仲に攻め落とされた、という記載や武田氏の侵攻時に城主が火をつけたなどというのは、濃淡はあれど、平安末期から、戦国末期までこの城がなんらかの役割を果たしていたとも言え、なんとなく程度の使われ方としても、400年間は現役の城だったんだなぁ、なんて思いながら、松倉山の方を眺めながら、思いに耽りました。

 

お城に興味のない方でも、気持ち良いトレッキングルートかと思います。城へ続く道の細さと頼りなさがまた良い!

秋から冬にかけ、見晴らしが良くなる季節には、鍋山城や鮎崎城、高山城、松倉城を見渡し、なぜか餃子の「王将」を城の上から罰当たりですが見下ろすこともできます。
 


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