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常連さん Aさん

常連さん Aさん

 

おかげさまで、常連さんもいらっしゃるようになり、

 

「寒い寒い。。」なんて言いながらも店に来てくださいます。

 

その中に、戦前生まれの80過ぎの方がおり。

 

米軍のB29がばら撒いた「次は高山だ」という米軍のビラを手に取ったら、憲兵に取り上げられただ、その憲兵や目明しのような立ち回りをしていた輩は、終戦の数日前に高山からさっさといなくなり消えてしまった。。だとか、富山大空襲の時、高山の北の山がドーム状に明るくなっていたなんてことを語ってくれます。

 

敗戦のため、炭鉱で強制労働をさせていた捕虜がにわかに戦勝国側となって解放され、高山に押し込み、大変だったこと、ようやくそういった状況を落ち着かせるためにジープを連ねてやってきた進駐軍は、自動小銃を抱えており、

 

ほんの数週間前まで、国民学校で、背中に跡が出来るくらい在郷軍人のおっさんにぶっ叩かれながらひょろっヒョロの体で竹槍教練させられていたことが、なんて馬鹿馬鹿しい訓練だったか、心底情けない気持ちになっただとか、負けるのは嫌やなぁ。。

なんて語ってくれます。

 

高山はいろいろなところからは離れているもののやはり昔から分業制が確立していた都市だったので、木曽谷のような何にでも通じている「何でも屋」のような人が少なく、何とか時代の波を超えて商売を続けられるような方には、濃密な情報が蓄積され、そういった方にもそれぞれの視座や思いがあって面白いですね。

 

やんちゃ盛りな目立つタイプだったのか、軍事教練中は本当、ぶっ叩かれまくったそうで、あの〇〇屋の在郷軍人の親父、死んでもゆるさねぇ。(もう鬼籍に入ってるだろうから許してあげなよw)と、今日も少しずつ暖かくなっていく高山の街の片隅で語ってくださいます。

 

店の売り上げはギリッギリですが(笑)カフェに立つのがやっぱり楽しいです。

 


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