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LA SALE LA SALE LA SALE LA

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LA SALE LA SALE LA SALE LA

 

昨日はブラックフライデーでしたが、目的はラッセーラです。ラッセーラ、ラッセーラ。

 

Airbnbの宿があるコリアンタウンのはずれも、夜中に出歩けるような場所じゃないけれど、青森県人会の倉庫のあるリトル東京は、夜歩きたい偏差値は残念ながら38くらいだった。

 

明日のハリウッドブルーバードのクリスマスパレードでのねぶた運行にあわせ、最後の練習と懇親会でやってきたのだけれど、三々五々、在住者の囃子方や太鼓方の面々が集まり始め、ドンドドッドンドンとリトル東京にねぶた独特の重低音のリズムに笛が絡み始める。海外でねぶた運行を継続的に行っている唯一の団体というのは伊達ではなく、太鼓と笛の息があっており、ヘタレ跳人の僕でもきっちり調子を合わせられ、明日の本番に差し支えが出るくらいフルパワーで跳ねてしまった。

 

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練習後の懇親会で、自分自身の自己紹介はアッサリ済ませてしまったが、バックグラウンドを持った青森県出身に捉われない面々のユーモアを交えた自己紹介が面白かった。音楽好き、フルートや琴といった楽器の経験、日本文化回帰、コーラスの会からのお誘いまでいろいろなバックグラウンドをもった在住の方々が会を育て、何よりねぶたを楽しんでいるのが面白くて素晴らしい。アメリカンな折りたたみテーブルに乗っかったケータリングを、みなさんとつまみ、Made in U.S.A.のキリンビールを飲みながら、新しい大統領の話ートランプはクリントンと昔は仲良かったのに、最近の組閣が右すぎてゾッとするーやら、県人会の若き会長さんが連れてきた新しい彼女をみんなで褒めたりした。

 

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楽しい懇親会も御開きとなり、テントで塞がれた歩道を警戒気味に歩いて、ほんの少し離れたUBERのピックアップポイントに向かって歩いていると、ボランティアスタッフが雨に濡れながらホームレスに声をかけ、元気付け、食事を配って回っていた。昼間、UBERで何も考えずにたどり着き、「あらー、ダメだなぁこのエリア」なんて感じているだけだった自分を恥じた。


ロサンゼルスとヒラリーが負けた理由

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ロサンゼルスとヒラリーが負けた理由

 

「ロスならUber最強だから。」と、友人に教えられたのが既に3年前。リフトとか同業他社も増えているようだけど、点在するロスの観光地をドアツードアで信じられないほど安価に移動できちゃってます。いやぁ、移動が面倒だったLAの印象が変わりました。そりゃぁタクシーは放逐されるわ。

 

 

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Google Mapで検索して、そのままタップすると、UberやLyftにつながっちゃうんだもん。タクシー会社は勝てないよ。航空業界にLCCが現れた時の数倍の衝撃だと思う。今更だけど。。

 

泊っているのも、Airbnbの部屋。

 

食事は用意されないけれど、満杯の冷蔵庫をどうぞ使ってください状態だし、このAirbnb宿からロスのどこへでもUberでドアツードアで行け、帰ってこれる。到着日がサンクスギビングだったので、オーナーがターキーを振舞ってくれたし、コリアンタウンのはずれで、夜遅くはさすがに出掛けたくなくなるようなエリアだけれど、ラティーノ向けの安いグロッサリーもある。Hotelサイトその他と比べても間違いなく安い。

 

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あまりにもいろんなものが揃いすぎて、朝飯晩飯はこちらで作ってしまうので、そういったお店に出かけなくなるのが玉に瑕だけれど、それ以外に死角なし。

 

そんなロサンゼルス旅1日目は、建築やデザイン好きの妻にリードされてカフェにホテルのロビー、家具屋やらを巡って回る。

 

昼飯に立ち寄ったのが、行列のできるオーガニックカフェで、そこでみんなが食べてるようなサンドイッチを真似して食べたんだけれど、たいして旨くない。それでも貧乏性も相まって、サンドイッチとコーヒーで約20ドルな食事を嫁と二人できれいに平らげた。。けれど、周りの連中が、まあ残す残す。

 

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健康を重視してるんだか、ジョギング中のような格好で食べる方もいるけれど、きれいに食べきる率は10%以下。ヨガに行くような身なりで現れて、行列に並んでサンドイッチを頼んで、その仲間と思しき人たちとワイワイガヤガヤやって、3割も食べない。。。。。みたいなのがたくさん。

 

嗚呼、そんなことしてるから、周りにはいろいろ見透かされるし、やってる自分も元気も出ないんだよ。と思う。アメリカの真ん中の方の州は、町に一つのマクドナルでかったビッグマックセットを、ワサワサ平らげ、ポテトにはケチャップをバビバビかけ、トレーの紙まで食べるような勢いで食べ物と向かい合ってる。彼ら彼女らに向き合って、体がいくら健康であって血液サラサラでも、1対1になった時どうにかできるのかね。できないよ。負けるだろ。

 

なんて思う。ということで、ヒラリーが負けたのは、健康志向の老若男女がきれいにオーガニックな料理を食べないから。そして、民主党やリベラルの中から大統領が選ばれるようになるなるのは、カリフォルニアのオーガニックレストランで、残飯が出なくなってからだな。。

 


AA 26 HND-LAX

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AA 26 HND-LAX

 

羽田でチェックインして、飛行機に乗り、太平洋を越えて無事アメリカに入国するまでの半日での一番の出来事は、米国の入国審査KIOSKの許可証でプリントアウトされた嫁の顔写真。顔の凹凸やら光の反射なんかの作用の組み合わせが良からぬことで重なったのだろうけど、野性爆弾川島が書いた似顔絵みたいな恐ろしい状況な上に、審査判断の合否のところで「X」が出てしまってる。二人で大笑い。ただ、あまりにもな写真なので、その爆笑もふっと途切れてしまった。この写真で入国拒否され、そのまま羽田に送り返されても仕方がない。。くらいな写真だったのに無事入国できたので良しとする。

 

今回は久しぶりのアメリカン航空。羽田の国際化がまだまだ本格的でなかった頃、ハワイアンとデルタと分け合った枠でNY/JFKに飛ばしていた頃に結構騒いだ記憶があって、調べてみたら2011年の冬。4万円台でNYと羽田を往復してる。震災直前の呑気な季節の話だった。

 

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飛行機はリニューアルされたあとのB787で、ピカピカ。最後の最後まで飛行機の内装が昔ながらのアメリカ系だったあの頃とは大違いだ。FやCもきっちりお金を払っている人なんかで満席でエコノミーもほぼ満席。見た目がクルーな人も前年な顔して、エコノミーキャビンの後ろの方に荷物を引っ張っていたくらいだから、僕らのようなのが上に忍び込む余地はなかった。

 

10時間ぴったりくらいの搭乗時間で、映画を一本観た後の読書でうまくまどろみ始め、正味5時間くらい記憶をなくすことができたと思う。妻の方は7時間くらい寝られた様子で、風邪が治った。なんて呑気なことを言っていた。

 

入国審査は妻と一緒に、「X」をつけられ質問される側へ並ばされたけれど、きつい質問もなく、僕自身の新しいビザもきっちり役目を果たしてくれてスムーズな入国だった。

 

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Airbnbで予約したダウンタウンから少しの家までUberで27.5ドル。異論反論はあるだろうけど、シェアエコノミー最高だと思う。
 


JR中津川駅〜中津川宿〜落合宿〜馬籠宿〜妻籠宿〜JR南木曽駅 / Nakasendo Trail walk southern Kiso-Part

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JR中津川駅〜中津川宿〜落合宿〜馬籠宿〜妻籠宿〜JR南木曽駅 / Nakasendo Trail walk southern Kiso-Part


峠を越える見事な紅葉の下で撮影しているカメラマンのおじさんに「日本語うまいね〜」って言われたり、整備され歩き心地最高な中山道のゴールデン区間を歩いてみました。

 

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京都から江戸へ!の方向な20キロくらい道では、バス旅行系の団体客系からガチのフル装備歩き旅まで、国籍もスタイルも様々な外国人旅行者とすれ違って大いに嫉妬。これは普通に頑張ったくらいじゃ到底追いつけない、木曽福島とのギャップを感じたのでした。

 

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JR中津川駅10:30〜10:35中津川宿10:40〜11:30落合宿11:40〜12:20新茶屋12:30〜13:00馬籠宿12:30〜13:45馬籠峠14:00〜15:15妻籠宿15:30〜15:45妻籠城15:55〜16:30JR南木曽駅

 


妻籠城

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妻籠城

 

築城年 室町時代中期    
築城主    木曽氏

 

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場所

 

木曽衆の心意気を見せた妻籠合戦(徳川軍VS木曽軍)の舞台。

 

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中山道が馬籠峠を越え、一気に渓谷となる木曽川にまさに出会おうとする場所に妻籠は位置しているだけでなく、清内路峠や大平峠からの道も集まっており、まさに交通の要衝。お城は、京都方面から中山道妻籠宿を越え、次の三留野宿に向かう中山道を辿って行くと左手にあらわれるこんもりとした山に築かれています。西は切り立った木曽川の崖。東は中山道。妻籠城は木曽川と中山道に挟まれています。

 

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城域は、主要部と中山道に睨みを効かせる出丸のような二つの区画に分かれており、区画は細い土橋でつながっている。往時はこの土橋も木橋であったそうだ。戦国時代も主郭へ進む道だった道が現在の遊歩道になっていますが、遺構がしっかりしているので、主郭に進むには左右の郭に睨み降ろされるような気分になれます。

 

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ここで徳川方を食い止めた妻籠城城主は、木曽氏家臣、山村良勝。のちに尾張徳川氏に仕え、主君の木曽氏にかわって木曽代官となっています。


馬籠城

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馬籠城

 

築城年     永禄年間(1558〜69)?
築城主     島崎重通?

 

場所

 

中山道を中津川宿や落合宿から江戸方面に進んで行くと、丘を越えてゆこうよな、坂また坂な道になるが、あと少しで馬籠宿!というあたりでこの馬籠城が現れる。島崎重通氏は何を隠そう島崎藤村の先祖なのであるが、島崎家は代々、本陣や庄屋を営み、馬籠宿の由緒のある顔役で、江戸末期の彼らが、室町時代の昔話やこの地にたどり着いて切り開いていったことなどが、「夜明け前」には書かれており、室町から続く有力者が江戸期を経て明治、いわゆる夜明けを迎えることになります。

 

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案内板の裏手に回ってみたりしたけれど、古墳かよ。。。というくらいの小ぶりな城。これじゃ敵を迎え撃つことができるかよ。。と思う。


落合五郎居館跡(落合五郎城跡)

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落合五郎居館跡(落合五郎城跡)

 

築城年     鎌倉時代?
築城主     落合兼行

 

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場所

 

舌状台地に建設された鎌倉時代の居館跡?中山道沿いにあるので、歩きながらチェックしたけれど、お城光線がバビバビ飛んでくる感じはなかった。

 

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現在は、段々畑の一枚が居館跡に置き換わったような面構え、畑の造成や国道を通したり、往時の面影がここにどれだけ残っているのかをうかがい知ることはできなかった。

 


福島城

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福島城

 

築城年     14世紀中頃?
築城主     木曽義康

 

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場所

 

某ゲームでは、木曽エリアどころか、南信濃一円を支配しているような印象を与えてしまっている木曽氏であるが、交通の要衝としての木曽谷を抑えていたにすぎず、江戸がなかった頃の戦国時代の中山道は、重要な京都や日本の中枢に続く道であったとはいえ、巨大な城郭を構えるほどの国力もなかったのかもしれない。武田家に属国扱いされたり反旗を翻したり、ゲリラ戦をしてみたり頑張って命脈は保ったけれど、江戸時代を待たずに改易気味に土地から引き剥がされ、木曽家の家臣がこの土地の代官として残ることになって、江戸期を通じて山村代官/尾張藩に治められ、明治を迎えた。「夜明け前」には木曽の首府であった福島とそこに住む人の気質が書かれている箇所があるが、そーんな時代なんかも含めて、散策していただければ幸いです。

 

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遺構ですが、主郭と二郭を隔てる空堀や周囲の横堀(曲輪?)なんかがしっかり残っているものの、小ぶりな感は否めない。急峻な高250メートルといった地形に頼るところが大きかったのかな?ま、四方八方からの攻囲戦を強いられない限り、幾筋も伸びる谷や山を伝わって逃げ落ちるゲリラ上等!なスタイルだったのかもしれません。

 

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今回は権現滝経由の遠回りルートだったけれど、車で林道をゴシゴシ登っちゃう方もいる様子。一番簡単なルートだと、家から徒歩30分くらい。山村代官屋敷を含めても、家から4番目に近いお城です。


木曽福島〜権現滝〜木曽福島城〜木曽福島 城山自然遊歩道 / Kisofukushima Shiro-yama Gongen-taki waterfall trail

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木曽福島〜権現滝〜木曽福島城〜木曽福島 城山自然遊歩道 / Kisofukushima Shiro-yama Gongen-taki waterfall trail

 

所要約1.5時間 (休憩なし、少し早めのペース)

 

家の目の前に聳え立つ木曽福島城を抱える城山。外国のガイドブックに

 

「The walk is varied and interesting, however the first part includes a steep,narrow, and fairly strenuous ascent to the waterfall. We recommend this trail for confident walkers. Please take particular care if walking in wet weather.」

 

とあったが、確かに厳しい。権現滝の上に出たあたりからは、尾根が近づき、きついけれど日も差し込んで楽しいのだけれどそれまで、「おうおう」って言葉に出ちゃうくらいの斜面を登ることになる。

 

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木曽の有名宿や、崖屋建築の店から、木曽川の向こうに壁のようにそそり立っているのは伊達じゃありませんでした。いやぁ、イオンや木曽福島の駅に行くより、こんなトレッキングルートがあるなんて。。。いいじゃないか。

 

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川沿いの道から分入って約25分。家から30分ほどで権現滝に着いたけれど、もっと歩いた気がするくらい。案内板に導かれ、時々心細いルートを選んだりして森林浴を楽しみながら福島城にたどり着く。権現滝までの道も、そこから福島城までの道は楽しかったが、福島城から吾妻屋のある紅葉が丘、そこから木曽福島郷土館への林道は下りということもあってかちょっと物足りなかったな。麓には城山という在所があるのですが、そのあたりはなんだか尾道のような雰囲気でいい感じ。少し木曽町が好きになった。尾道空き家再生プロジェクトには遠く及ばないが、障子が破れまくってかわいそうな人の家のような見栄えになっている俺の家もなんとかしなきゃな。。寒さでくじけそうになることもあるけれど、頑張っていこう。

 

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お城の方は、決して築城技法の粋を尽くした。。というほどではないけれど、尾根の断ち切り方、切岸、はキッチリ残っておって見ごたえありだった。別途アップデートします。

 

城山自然遊歩道入り口14:20 〜 14:25山の神石祠14:25 〜 14:45権現滝14:50〜 15:15木曽福島城15:25 〜 15:35紅葉が丘展望所15:35 〜15:45木曽福島郷土館15:45 〜 16:00中央橋

 


開田支所〜西野峠〜西野〜関谷峠〜関谷 / Nishino and Sekiya Pass

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開田支所〜西野峠〜西野〜関谷峠〜関谷 / Nishino and Sekiya Pass

 

所要約2.5時間(下記参照)

 

日本縦断の旅の最中に、開田高原アイスクリーム工房で見送られて出かけた峠を二つ。木曽福島と飛騨高山を結ぶ飛騨街道の木曽側には、地蔵峠、西野峠、関谷峠、そして国境の長峰峠があるけれどこの二つは旧開田村にあり、某有名日本を歩こう系旅行代理店さんの中山道とその枝道として紹介されている様子で、最近は海外のハイカーを本当によく見かけるようになった。

 

地蔵峠とこの峠をセットして、峠を下った集落がどこか他の日本とは違う雰囲気が面白いようで、標高1000メートル超えしている故の日本だけど何か雰囲気は、伝わる人には伝わるんだなぁー、なんて勝手に思い込んでいます。

 

ということで、本日は氷点下3度まで下がった開田高原支所に車を停めてスタート。

 

開田支所エリア 9:20 〜 9:40 西尾峠 9:40 〜 9:55 城山(展望台) 10:10 〜 10:30 西尾地区 11:10〜 11:30 関谷峠 11:30 〜 11:45 関谷地区 11:45 〜 12:50 マウンテンマフィン

 

関谷峠を越えてたどり着いた関谷地区は町営バスが走っていないので、西野の集落をのんびり歩いて越や下の原に向かってもいいなぁなんて、ガイド風にプランしながら歩いたけれど、道としては素晴らしいし西野の集落は本当に雰囲気があるのだけど、うーん。物足りないなぁ。

 

「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。」

 

と藤村は書いているが、すでに開田高原は凸凹しているとはいえ、高原地帯なため標高1000メートル超えしており、峠!なんて言われても比高換算だと上り下りは200〜250メートル程度。今回の西尾峠と関谷峠のコンボを開田支所あたりから始めるのはちょっと物足りなく感じる。バスを併用して、西尾峠と関谷峠に地蔵峠を加えるのが、やっぱり面白いかなぁ。

 

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