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アセンション島 - セントヘレナ島航路 2日目 / Voyage from Ascension to St.Helena Day-2

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本日帰国!したのですが確定申告やらいろいろあり、今月末くらいまでは予定島子が続きます。ご了承ください!

アセンション島 - セントヘレナ島航路 2日目 / Voyage from Ascension to St.Helena Day-2

セントヘレナまでの航海は、乗客が少ないため。本来は相部屋上等なCデッキ2人部屋が1人で使えるのがありがたい。早めに目覚めるものの、狭い天井を見上げたりしてボンヤリ過ごす。7時頃にノックがあり、コーヒーのサーブ。

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朝ご飯はチョイスはあるモノの基本的にずっと一緒。

キャビンが狭い分、部屋がすぐにコーヒーの香りで満たされる。ドアしたから差し込まれた、Ocean Mail(その日のスケジュールが書かれた船の新聞)を読む。午前中に乗客チームと船員チームに分かれ、クリケットをやるらしいけれど、それ以外に、際だったあれこれはないなぁ。。。といった感じで船の1日は始まる。

クリケットには参加したものの、重いバットでバウンドするボールを打つというのは中々難しい。自分以外の英国人やセントヘレナ人も、バッティングのほうがうまくいかず、船上クリケット慣れした船員チームに完敗。

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食事をする以外は、基本的に自分のデッキに籠もり、船から直接出す絵葉書を描き上げるのに専念。そのあとは宛名書き。ようやく日が沈む頃になってデッキに出て写真を撮ったりして一日が終わる。


王立郵便船セントヘレナ号 / Royal Mail Ship St. HELENA

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王立郵便船セントヘレナ号 / Royal Mail Ship St. HELENA

空港を持たない、南大西洋の孤島セントヘレナへのアクセスは、船のみ。

今回乗り込む、セントヘレナ航路は、日の沈むことのない帝国の植民地間、本拠地グレートブリテン島を縦横に結び人や物、そして郵便物を運んできた由緒正しい王立郵便船最後の航路。2014年以降に完成予定のセントヘレナ空港の開港に伴い、廃止にならずとも、役割は大きく変わりそうで、ピン!と来る方は、是非早めに乗られたし。。

で、終わってしまうのもあれなので、少しこの王立郵便船セントヘレナ航路と航路の説明を加えると。。。。

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ケープタウン航路に使われていた船。

まずは、大英帝国が2つの大戦による消耗と植民地の喪失、客船による長距離移動・輸送が、航空機に取って代わられることにより、次々と王立郵便船の航路が郵便以外にも重要だった、旅客輸送という意味での役割を終え、グレートブリテン島とケープタウンを結ぶ路線も1977年に廃止となる。

そのケープタウン航路がなくなると、空路に頼ることのできないセントヘレナ島をはじめとする南大西洋の島が困ってしまう。。ということで、英国海外領土で、かつ飛行機でアクセスのないセントヘレナ島を結ぶ航路と、その需要に見合ったサイズの船をあらためて用意することとなり、ヴァンクーバーとアラスカを結ぶ航路に使われていた「Northland Prince」という船に白羽の矢が立ち、名前を変えられて、1978年に運航を開始したのが、初代「王立郵便船セントヘレナ号」。そして、新?セントヘレナ航路での運用が始まる。

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「初代王立郵便船セントヘレナ号」は、1982年のフォークランド紛争(船のパンフには戦争と記載)にも徴用され、後部甲板を改装して、ヘリコプターの離発着ができるようになっている画像なんかも船には飾られていた。ただ、次第に、老朽化に加え船のサイズが問題となり、2倍(乗客128名/貨物2,000トン)の大きさの「2代目王立郵便船セントヘレナ号」が、アンドリュー王子の名の下に(だからRoyalなの?)によって1989年に進水。その年の終わりに航路での運航を開始する。

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王立と冠したものの、エリザベス女王が、船でビールが何本売れたとか、を帳簿につけたり、チャールズ皇太子が、船から出される絵葉書にスタンプをぺたんぺたんやっているのではなく名前を冠しているだけ。

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現在は、Andrew Weir and Companyという19世紀から続く海運会社が一括して貨物および客船業務を行っているとのこと。船の紹介文には会社の運営は2001年からとなっているので、それまでは政府が関わっていたのかな?

日本から見ると、地球の真裏ということもあって、日本人の利用も滅多にないようだし、あまりにも日本とセントヘレナがかけ離れていることもあって、船員さんとの会話も一から日本のことを説明しなくてはいけなかったり、新鮮なことも多い。一般人も乗船及び予約が可能な”定期航路”で、”片道5泊”なんていうルートは、世界にはほとんど残っていないのではないでしょうか?

日本からのアクセスなども含め、お仕事をお持ちの方などは厳しいかもしれませんが、空港ができ、王立郵便船の役割を終える前に是非!


アセンション島 - セントヘレナ島航路 1日目 / Voyage from Ascension to St.Helena Day-1

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アセンション島 - セントヘレナ島航路 1日目 / Voyage from Ascension to St.Helena Day-1

フォークランドから到着し、島の宿で荷ほどきしていると枕元に紙切れ。よく見ると、26日搭乗予定のセントヘレナ行きの船への乗船指南書。

内容はこんな感じだった。

1,26日発のRMS St. Helenaは午前7時の到着、午後2時の出航予定。
2,荷物のチェックインは午前7時半から8時までの間、乗客ターミナル
  で行われます。
3,乗船は1時。12時50分までにはかならず乗客ターミナルに!
4,10時までにチャックアウトしてね。
5,乗船前に、ランチが用意できるわよん。

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アセンション島への寄港時間は、船のスケジュールごとでまちまちなようだけど、今回はとんぼ返りな日程。

島には大きな港湾施設がないため、貨物の上げ下ろしには、沖合に停泊するRMS St.Helenaに舟橋(しゅうきょう/pontoon)を横付けし、そこに更に艀(はしけ/barge)を横付けしたり、艀にそのままコンテナを降ろして船着き場に運び、島の船着き場(jetty)からは大型クレーンで引き上げるという方法で行われる。

人間様の場合は、港のクレーンをシーソーの原理で揺らし、エイヤ!で舟に投げ入れる。。。というのは嘘で、船着き場と往復する小型フェリーに乗り込んで舟橋にまず乗り込み、船から下りているタラップ(Gangwayと船では呼称されていた)経由で乗り込むというもの。

トケラウ行きのトケラウ号や、ピトケアン行きのクレイモア2号は、船のサイズが小さいから、艀から直接飛び乗っていたけれど、さすがのRMSセントヘレナ。乗船方法は、大型豪華客船に準じてる。

ま、そういうこともあって、貨物の上げ下ろしには時間がかかる上、上記のような条件も相まって、乗客が大きな荷物を抱えて乗船という方法はとられず、荷物だけは早めにチェックインしなければいけません。

結局、出港日は

0,前夜のうちにパッキング
1,朝イチから釣り
2,一旦宿に戻って、荷物を持ち出し、ターミナルにてチェックイン。
3,ホテルのチェックアウトギリギリまで釣り
4,チェックアウト
5,ホテル付属の食堂兼バーでネットサーフ、昼食
6,手荷物だけになってパッセンジャーターミナルへ

という流れだった。

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島での釣りが絶好調だったことと、島の博物館や要塞の見物が今一歩だったのが心残りで、できるなら次の便にしたいくらい。けれど、次の出港は3週間後。逃したらその分、ようやく気持ちが日本モードに切り替わってきた浦島太郎度が濃くなっちまう。さっさと旅を終わらせなければ。。。と、後ろ髪引かれつつ案内の時間通りに乗客ターミナルに向かう。午後1時前には乗客がドワっと集まり搭乗の案内。

出国スタンプが捺され、荷物のセキュリティーチェックがあり、ライフジャケットを装着してフェリーに。真っ青な海の中で、最後の貨物のとり下ろしを行っている王立郵便船に向かう。

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出港は少々遅れたけれど、乗客全員が集められる安全ブリーフィングが済んで、荷ほどきしていると錨が上がり、船が動き出す様子。停泊していた場所でくるりと船首をセントヘレナの方角に向け、出発。ボゥーっと汽笛を鳴らしてアセンション島に別れを告げたのは、午後3時半過ぎだった。

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船が動き出すと、すぐに「午後の紅茶の時間/Afternoon Tea Time」サンドイッチを食べながら小さくなって行く島をボンヤリ眺め、しばらくするとトリスタン・ダ・クーニャ島のドキュメントフィルムが上映するようなのでそれを楽しむ。

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サイナラアセンション!

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食事は、フォークランドから休暇でセントヘレナに帰るカップルと。朝が早かったこともあり、胃袋が満たされると睡魔がビューッと纏わり付き1日目が終了。


ブラザビル - キンシャサ コンゴ川渡河作戦

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ブラザビル - キンシャサ コンゴ川渡河作戦

ブラザビル→キンシャサ


ブラザビルとキンシャサを結ぶ渡し船は、スピードボートと安いフェリーがあるようなのだけど、ブラザビルのホテルで話を伺うと、かなりトリッキーらしく、追い返されたり急に運航が取りやめになり、帰って来られなくなったりと大変な様子。

ロンプラには「headache」の記載がある。

日曜の日帰りはほぼ諦め、ブラザビル市内を散策しつつ、ブラザビル側の船着き場に向かうと、スーツケースを持った人が行き来している。ら?

尋ねてみると、スピードボートは動いているそうで、あれよあれよのうちにチケットが買えてしまう。出発に際して

1,チケット購入(11,000CFA)
2,出国審査(パスポートへ押印)
3,船着き場の入場料支払い
4,税関申請手数料支払い(荷物チェックもしないショウモナイもの)
5,乗船マニフェストに名前を記載して貰いパスポートを預ける
6,出国許可が下りたら、マニフェスト記載の乗客ごと船に
7,2と3の支払いを確認されつつ乗船

というもので、結局1時間半くらいかかってしまった。

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出発は昼過ぎ。民主コンゴには果たして入国できるか?と心配しつつロンプラの記載を確認していると、「日曜午後は船ないよ」の記載。

ぬ?

ま、帰る船がないなら入国できる確率は高くなるかな?と良いほうに捉える。スピードボートでも遊覧船のような船体の船だったため、30分以上かけてようやくコンゴ川を渡河。

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激しい喧噪の中、流れに身を任せて入国審査に向かうと、どうやら難色モードに入った模様で、

「知り合いがいないのか?ホテルの予約票は?」

と尋ねられ、

「ない。キンシャサをタクシーで一回りして、ブラザビルに今日戻る」

と伝えると、難しい顔をされ別室送りに。あぁ、どうやら帰りの船は無いらしい。

中間管理職といった役職のオフィスに入れられ、いろいろ尋ねられるが、

「1日観光できれば十分。荷物もお金のほとんどもブラザビルのホテルに預けてしまってるので、コチラのホテルの滞在費と帰りの船賃でギリギリなので、世話して下さって申し訳ないのだけど、皆さんにお土産や謝礼は差し上げられないッス。キリっ!」

と伝える。ニコニコヘラヘラメソメソ作戦。

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結局、「ホテルに泊まることを確約し、明日には帰ります。」みたいなペラ一枚の入国申請書のようなモノを、英語が分かる係の人間が代筆してくれ、それを局長?だかマネージャーやらに提出し、なんとか入国スタンプを押される。

感情や激情のスイッチは「オフ」にして対応したけれど、コンゴの官憲の一部には、ディスイズ”駄目な”アフリカ!TIDA!で粘着質でいやらしいタイプが存在し、面倒な印象。

が、ネタにするほど面倒ではなかったし、結局一円も奪われなかったので、まあ良しとしよう。そんなことより、船着き場からホテルまでキッチリぼられ、その後のキンシャサの散歩で酷い目に遭ったことの方が、削られましたよ。

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キンシャサ → ブラザビル

帰り、無事にコンゴ民主に入国したはいいのだけれど、高いホテル代とタクシーでぼられ、今度は所持金が厳しい。10000XPFと11USD、ほぼ無価値な民主コンゴフランに小銭。所持金は日本円で約3,000円。

船賃はスピードボートが11,000CFAとかだったので、なんとか出せたとして、チョコチョコ徴集される、税関審査料やらが面倒だ。

昨日は強盗にあった苦い経験から、フェリー乗り場までタクシーで行きたかったのだけど、金がないので徒歩。人通りの多さに関係なく昨日はやられたので、靴下やらパンツの中にお金は突っ込んで。僅か10分の距離だけど、スーツケースを転がしているアフリカ人にぴったりくっついて行き、なんとか船着き場に到着した。

こういった場所ではお馴染みの、たかりやというか口利きやみたいな与太者が近づいてくる。ザイール川の渡河は、トリッキーな点も多く、多少の金を握らせてさっさとプロセスを済ませ、ブラザビル(もう天国に見える)に戻りたいのだけど、とにかく所持金が頼りない。

結局

1,チケット購入(25USD)
2,乗船マニフェストに記載
3,パスポート預け
4,税関申請手数料支払い(荷物チェックもしないショウモナイもの)
5,フェリー乗り場入場料支払い、
6,4,5をチェックされ出発待ち
7,乗船マニフェストとパスポートを持って現れる係官に呼ばれ
8,乗船

というプロセスだった。

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ぐへ、ウンザリング

昨日の役人が、ベトベトジトジトと、いろいろ言ってきたけれど無視してようやくキンシャサ脱出。ったく。。。

あ、つきまとってきた与太者は、「ゴメン!」と謝って、ボールペンで許して貰ったw。コンゴで一番世話になったのに申し訳ないw

赤茶色のザイール川を再度渡り、ブラザビルの入国審査。

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ここで残金が何をかき集めても150円位となり、1000XPF(約200円)の税関審査料金を払うことができない。。事情を説明し、パスポートを預け、「町の銀行でおろしてくる!」なんていって一旦ブラザビル。ま、町のATMは全滅だったりで、結局宿に戻って所持金を充足し、戻る。

そいつを支払い晴れて自由の身となる。

朝の7時半に宿を出て、結局昼過ぎ。所持金が怪しくなり、ATMもクレジットカードも使えなかったキンシャサでは食事もできず、24時間水だけしか飲んでいなかった。。

レバノン人経営のファーストフード屋の、たいしたことなハンバーガーの旨いこと旨いこと。。


マンガレバ行きボート / Boat to Mangareva

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マンガレバ行きボート / Boat to Mangareva

出航から翌日は、往路同様、一日中船の上。

マンガレバまでの乗客はこれまた往路同様、自分を含め5人、否6人。

アメリカ人のデイブは島に5ヶ月滞在するそうなので、船旅や船の歴史が大好きなアメリカ人のトニー、旅行ライターのキウイの同じ日程組と、3ヶ月、ヘンダーソン島で鳥の保護のために、島のネズミを根絶やしにしたり、捕獲してタグを付けてモニタリングしたりで文明社会から遠ざかっていたキャストアウェー系調査隊の二人組。一人は英国人で、もう一人はスウェーデン人のアルベ。往路と二人で入れ替わった事になる。そして無職の日本人が一人。このトニーの曲者っぷりが半端でないので、それはまた別の機会に。。

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あ、食事が一緒でないので気がつかなかったけれど、半分船員と化している、NZに最後まで船で旅するクリスチャン(NZに移住したピトケアン人)さんが6人目の乗客です。一人増えました。

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波長の長い大きなうねりは届くモノの、海上なのにほとんど風が無く、ゼリーを切り裂くように船はひたすら西北西を目指す。うねりが大きい分、揺れも大きいのだけど、突発的にたたきつけられるような、荒れた海と違って、うねり一緒にユワーーーンユワーーーンと揺れていれば問題なし。往路で船酔いにやられたキウイのグレンは、船酔い予防のパッチみたいなのを耳の裏に貼って何とかやり過ごしているようだ。

水平線から日が昇り水平線に日が沈む船旅なため、デッキに出てもいつまでも退屈はつぶせないので、半分以上は船室に閉じこもって、ピトケアンのアレコレをまとめて過ごしていると、

「NOKIA君!スゲー物を見せてやるよ!」と開けたドアから隣の船室のトニーが顔を出して言うので、彼の船室に移動し、島でゲットした色んなモノを見せてもらう。

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島にいるときは、ホストファミリーをこき使ってスカッドバイクを乗り回し、島を隅から隅まで見てたようだけど、6千枚だか7千枚だかの写真を撮ったと披露してくる様子を、デイビッドやステイーヴと半分呆れ気味にみていたオレ。絶海度や人口の少なさを除いたらたら、観光地する場所はそれほど無いなぁと感じていたピトケアン島を「こんなに見所があって、素晴らしい島は無い」と言い切る姿にも、多少感心しつつも、内心「そこまで。。。」とちょっと首をかしげていた。

予想通り、ジプロックに小分けされたお土産やら、赤土にソックリな、ピトケアンの火山性の土がペットボトルに入れられており、そんなのモノがスーツケースから出され、並べられる。ったく、孫が生まれるっていうのに、ピトケアンの土?って、お前は高校球児か!と思っていると。。。

お披露目の後半戦は、

「こっからは、NOKIA君にしか見せませんYO!」

なんて、お決まりをかましつつ、目が点になるようなほんとに「スゲー物」をビシビシ披露してくれた。凄かった。

うーん、ブログに書けないじゃない。そもそもアメリカに持って帰れるのか?

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天晴れアメリカ人。

糖尿とアメリカンジョークだけじゃなく、あんたは信念とそれを貫き通す大きなハートも持ってたんだね。お見それしやした。

自分に気遣って、島を連れ回してくれたデイブといい、道楽を極め、小説の題材になってもおかしくないシロモノを手に入れたトニーといい、今回の旅は、アメリカ人の懐の深さに触れたおかげで、ボンヤリで終わってしまう所だった旅が忘れられないモノになりました。感謝。

見直したよアメリカ人。ったく、こっちの気持ちも入れ替えるから、ついでに入国審査ももう少し穏やかにしてくれないかなぁ。

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日が沈んで食事も済み、船員も乗客もなんとなく自分の部屋や持ち場にもどる中、静かになった給湯室兼小さな食事部屋で懲りずに呆けていると、ピトケアン大好きな髭面の船員さんが現れる。

船乗り系入れ墨バッチリで髭面。陸でライダースを着たら一発でヘルスエンジェルスな出で立ちのオジサンなのだけど、Claymore IIの8人の船員の中で、唯一島に上陸して夜を過ごしたり、漁や畑仕事に参加する気のいいオジサンで、機関室担当。コーヒー片手に、Claymore IIの運航スケジュールなどで、不明だった細かい点を教えて頂く。

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午後8時から、機関室の制御ルームにいるというので、引き継ぎの時間を外した時間に制御ルームに伺い、写真を撮らせてもらったり、今年で43歳になるClaymore IIが辿ってきた歴史なんかの説明してもらう。

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船の中には時々ドイツ語。1968年だかに建造された、老朽船だけれど川船だったことと、丁寧なメンテナンスの甲斐あって現役活躍中。

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トケラウ行きでも陽気な船乗りに囲まれて楽しい航海だったけど、キウイの船乗りも負けてない。船旅は楽しい。



ピトケアン行きボート / Boat to Pitcairn

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ピトケアン行きボート / Boat to Pitcairn

本日は一日中船の上。

食事に呼ばれる以外は完全放置プレイの為、夜眠れず、昼眠くなる状況が全く修正されない。食事のときだけモソモソ起き、残念な食事を放り込んで部屋に戻り睡眠。夜中に目覚める。航海の始めから個室つきな快適な船旅。揺れるには揺れるけれど、トケラウ行きほど海は荒れていないのと、船も一回り大きくなったからか、パソコンで文章を書いたりするのも問題無し。快適快適。

乗客は自分を含め5人

2人がアメリカ人、2人がニュージーランド、そして日本人のオレ。ピトケアンの島民(国民)は乗船していなかった。

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アメリカ軍団!

アメリカ軍団のうちの一人、デイブはピトケアン研究者。島に関しての歴史、見所などをコンパクトに纏めた小冊子の執筆者。ピトケアンを訪れる旅行者が手に取るものだそうだ。島民全員の名前なども綴られており、非常に役立ちそう。離婚してしまったけれど、ピトケアンの女性と結婚してたこともあるとの事で、到着前ににいろいろレクチャーいただく。今回は5ヶ月滞在するとの事。小冊子に署名を頂いた。ピトケアン渡航歴は数しれず。アラスカ在住のベジタリアンでもある。ん?ベジタリアン?アラスカで?

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もうひとりのアメリカ人は、サンフランシスコの北に在住のお金持ち。ピトケアン渡航は2回目。ごついニコンを抱えた巨漢。一発でアメリカ人と分かる姿形をしてて、そんな姿で船内をうろつくので、国馬鹿系旅行者かなと思ったら大違い。海やヨットでの旅が大好きで、両親のヨットで子供の頃、世界一周したこともある本物。最近は自分のヨットでクックアイランドまで旅行したとの事。デイブと連れ立ってきたようで、ピトケアンは二回目。前回訪問したときの写真をたくさん見せてくれるが、そのまま額縁に入れてもいいような写真が何枚もある。人は見かけによらない。侮れない。

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また、海の歴史にも目がないらしく、ピトケアンのようなストーリーのある島がたまらないらしい。情熱は、歴史的遺物の収集にも向かっているようで、ピトケアンの昔の写真や葉書などのコレクターでもある。島民の昔の写真をアメリカに持ち帰り、昨今の復元ソフトなどを駆使して思い出の写真をアーカイブして島民にお返ししたりもしてる。ピトケアンは関係ないけれど、タイタニック号の遺物に関しては世界的に有名なコレクターらしく、世界に4枚だか5枚だかしかない、タイタニック号の切符やらいろんなモノを持っているそうだ。

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NZ軍団の一人は、このRSPBという機関で働いています。

さて、ニュージーランド軍団。一人は、世界遺産であるヘンダーソン島の研究をしている若き研究者。ガッツがあって、飯を食っている時誰かが、食いきれないと「おう!」なんて言って平らげてしまう。ラグビーも波乗りも研究もなんでも来い!なオールマイティー。

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並んでる本が渋いなぁ

もう一人のニュージーランド人は、ライターさん。物静かだけど話し始めたらきっちり最後まで話すようなタイプ。雑誌に書いたりするライターなのか、小説を書いているのかは分からなかった。いろいろ話そうと思ったけれど、彼だけ船酔いしてしまい、2日目以降は、話しているどころではなくなってしまった。まあ、島で話す時間もあるだろうからその時にでも。

そして、日本代表は無職の旅人。

船員はキャプテン以下8名。船長が醸し出すゆったりした男気気質が、高校を出たばかりのような下っ端の炊事担当から、陸に上がったらハーレーに乗りそうな髭面タトゥー野郎にも伝播してイイ感じ。ニュージーランド人に少しオージーが混ざってるかな?

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繰り返しになるけれど、朝から晩まで見渡す限りの海だった。島一つ見えない。

大きな船なのに、船から一本の糸が伸びている。50メートルくらい先にバケらしきものが繋がれてる。トローリングをしてるそうで、たまにマグロが釣れたりするそうだ。


リキテア、出港 / Rikitea and Departure 

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リキテア、出港 / Rikitea and Departure 

空港からの渡し船が到着する小さな船着き場のから少し離れた海の上に、ピトケアン行きのクレイモア二世号 / Clymore IIが浮かんでいる。渡し船が到着を、クレイモア二世号のクルーが待ち構えており、荷物を載せ換えるようにしてゴムボートで船に向かう。

艦長自らが迎えにきてくれたようで、当然野郎共な船乗りな空気なのだけど、雰囲気は良い。荷物を客室に放り込み、出国手続きを済ませる為にパスポートが集められ、出航前の簡単な安全確認。救命胴衣の装着方法、サイレンが鳴った場合どこに集合するか等々。

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出港まで少し時間があるので、もう一度リキテアに戻り、各自ちょっとした買い物をしたり集落の見物に出かけてゆく。こちらは岸壁で魚釣り。条件は悪くなさそうなのだけど、ミノーにメッキがアタックしてきたのと、気合いを入れてゴボゴボと水面をホッパーで騒がせた時、なんだなんだと平鯵系が追っかけてきたのみで、釣り上げられる雰囲気じゃない。

どうも難しそうなので、岸壁の際をアイスジグでチョコチョコやる。すぐにメバルのような小さな金目鯛のような魚が釣れる。30センチくらいのも、簡単に釣れる為になかなか楽しい。何匹かのがしてしまったけれど、ほんの数分で3匹の、赤金メバルを釣り上げた。

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島の魚は「Poisoned」されているらしく、船長さんは「魚は持ってこなくても良いからね」と、釣り支度をはじめているときに言っていたこともあり、すぐにリリース。クック諸島では生活排水の問題もあって、海岸の魚も魚釣りも好まれないようで、やはり「Poisoned」と言っていたけれど、どうやらこのマンガレバ/Mangareva島周辺の魚を食べない理由は、ムルロア環礁で行われた核実験に起因する(と思われている)らしい。

島民は、珊瑚が原因不明の病気にかかったりすることを、ムルロア環礁の実験に関係があると考えており、珊瑚とそれに関わる食物連鎖のピラミッドに入る魚に不信感を抱いているようで、フランス政府と訴訟/保証問題になっているらしい。そういった状況もあって、船員達もこの辺りの魚に手を出さないみたいだ。

もとよりキャッチアンドイートするつもりは無いけれど、船員達の言葉に従う。でも、海の汚染と言った問題は身につまされる。のんきに旅しているけれど、福島や日本の海のことを考える。船が動き出し、慎重に礁湖にひらかれたルートを進んでゆき、少しずつ島が離れてゆく。これからピトケアンだというのに、早くこの旅を終わらせ日本で生活したり旅したいという思いが強まる。

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そういえば、と思って客室に戻ると、机の上にパスポート。ガンビエールのオリジナルな出入国(域)スタンプが押されている。イイネ!部屋で休んでいると、ノックされ食事の時間。初めての食事はスパゲティーミートソースだった。

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今回の乗客は自分を含めて5人だったのだけれど、話した事やら彼らの紹介はまた後日まとめて。。


ヌクノノ - アピア / Nukunono - Apia

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ヌクノノ - アピア / Nukunono - Apia

6泊7日のトケラウ旅で実際に島に上陸できたのは、ファカオフォに約8時間、アタフに9時間、ヌクノノ5時間の都合約22時間。それに対し、船に乗っていた時間は、丸2日海の上の日を含め約111時間。

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それにしても揺れた。

特に帰りは海が時化てしまい、コーヒー飲むのにも難渋する揺れ揺れな船旅。黒潮遺伝子を多めに受け継いでいるからか、乗り合わせた海の民の皆さん同様船酔いしなかったけれど、身体的機能がいつにも増して低下し、食事を食べる気もおきなければ、パソコンはもちろん本を開く気も起きない。座っているとどうしてもユワンユワンしてしまうので、寝転がって、揺れに身を任せるようにして過ごす事になり、意識が途切れたり戻ったりをひたすら繰り返してました。

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アタフからの船旅後半戦からは、船長さんのご好意で船長室のベッドを特別にあてがってもらったりしたこともあり、更に寝心地が良くなってしまい、よくもソコまで!ぐらい惰眠をむさぼり続けてしまった。

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ということで、船の上の111時間に何をしたか?の記憶が薄い薄い。

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陽気なサモアンの船員やトケラウ人の乗客なんかとも話をしたけれど、深い話、突っ込んだ話はできなかったなぁ。

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こんな6泊7日を救ったのは、出発前にアピアで落としておいたラジオやポッドキャストのデータ。急ぎ足な旅が続いていたこともあり、聴いていないデータが山ほどあったのが幸いでした。ふぅ。

トケラウに渡ることをお考えの方は、横になって聞き流すだけで良いようなデータを持参される事をお勧めいたします。

ということで、脈絡無く画像中心のアップデート。





アピア → ファカオフォ(トケラウ) / Apia to Fakaofo(Tokelau)

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アピア → ファカオフォ(トケラウ) / Apia to Fakaofo(Tokelau)

アピアの波止場に5時頃きて頂ければ、ということだったけど、乗客は11人程度。MAXでも確か12人。貨物を満載にしたSAMOA EXPRESSの船室に荷物を放り込み、がらんとした客船ターミナルでぼんやりしていると出航予定の6時前、ようやくサモアの入国管理官が現れる。乗客はトケラウ人とニュージーランド人、そして自分。

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出国審査

出国審査や書類のやり取りなどはアッと言うまに終わり、舫い綱が外されたと思ったら、舳先のドアが引き上げられてすぐに出港だった。6時15分には船が動き始め、あっという間にアピア湾を抜け、辺りが暗くなる前にサモアのウタパル島も波の向こうに見えなくなってしまった。



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断熱材や、セメントなど、建築資材が多い。

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マチルダさんマチルダさんマチルダさん

食事だよ、と炊事担当の若者に呼ばれ、ワサワサとチキンのシチューをむさぼる。味は今一歩だったけれど、給食のように、ワサーッとみんなで食べるので美味しい。といっても、サモアの船員は持ち場や寝床から三々五々食事に現れるので、一緒に食べるのは5,6人なんだけど。彼らとやり取りしているうちになんだか、眠くなり、食事スペースのシートで横になる。どうやらそのまま、このシートが自分の寝床になるみたい。電気は消えないし、テレビなどが流れたママなのだけど、いくらも経たないうちに寝てしまう。

船酔いはしない質なので、ユワンユワン船がうねりにゆられても問題なし。でも、さすがにパソコン開いてブログを書くほど集中は出来ないし、救命胴衣置き場をベッド代わりにして寝転んだり、伊集院やエレ片のJUNKのデータを聞いたりして過ごす。

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サモア人の船乗りは気さくな奴らばか、昔の日本では炊(かしき)だったかな?炊事担当兼船乗り見習いの若者二人が、先輩船員や他の乗客に何かと気を配ってくれる。陽気な若者は陽気な先輩が面倒を見、控えめに微笑むような純真そうなもう一人には、口数少なめの先輩船乗りがイロハを教え込んでいる。

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今日は360度朝から晩まで海。長い時間甲板に出て海を見ていたけれど、船一つ見かけなかった。

サンマロ - ガーンジー フェリー Sait-Malo - Guernsey Ferry

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べた凪。霞ヶ浦かよ!


サンマロ - ガーンジー フェリー Sait-Malo - Guernsey Ferry

ガンジー行きのフェリーターミナルは、サンマロの駅から徒歩20分くらい。

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アップデートの本題とずれるけど、レンヌからは列車(1時間ちょっと13.10EUR)で。

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ボンバルディエだ。ボンバルディエってトラムとかも作ってるよね。

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サンマロ到着!

バスを探すのも面倒だし、タクシーは高いだろうと思って徒歩で向かったけれど、荷物が重かったので後悔。これでもサンマロは始めてじゃないんだから、もう少し考えて行動しろよったく。

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サンマロの城壁沿いにフェリーターミナルを目指す。

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Condor Ferryのカウンターで直接チケットを購入。ガーンジーまで片道の値段は28.15EUR。カウンター横のチェックインカウンターで、荷物を預けるが、さっそく荷物検査をされる。他の乗客は何にも無いのにね。このあとの搭乗前のセキュリティーチェックでも、荷物検査やらで狙い撃ちされた。ったく。まあ、べつにそこから何かいちゃもんをつけられるわけではないのだけれど。。。

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ジャージからの入港が少し遅れているようで、出発が遅れる。けれど、このターミナルには無料無線LANが飛んでいるし、カフェやら土産物屋もあるので問題無し。せっかくだから、ブログの更新を進める。30分程遅れて搭乗案内のアナウンス。そして乗船出港。

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今日は天気がよく、出航後、サンマロ沖の小島に据えられた砲台やらを眺めながらガーンジーを目指す。海は湖かよ!くらいの凪。まったく波が立っていない。

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ガーンジーには2時間弱で到着。あっという間で寝る暇もない。

入国審査では審査用紙の記載を忘れ、少し時間がかかるが、オフィサーはフレンドリー。自分のパスポートを見て

「おい、兄ちゃん!もしかして全部の国に行こうとしてないかい?」

なんて聞いてくれる。海外にどんどん出てゆく国の入国審査ってのは、ふらんくというか、全部の国にいったるでぇ!なんていう阿呆な人間にたいしても心が広いのかな。ということで気分よくガーンジーに入国。予約していたレンタカーのやり取りも非常にスムーズ!

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やっぱり英語が通じるのが地味にありがたい。

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